マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な60代「男おひとりさま」の日常を綴っています。

国立歴史民俗博物館で花見をする

▶今朝(24日)は、春らしい暖かい天気になった。コロナ下ではあるが、この時期になると無性にバイクで遠出したくなる。ここ数年は春になると奥多摩方面に行くのが定番で、昨年は少し外れるが宮ケ瀬ダムの桜を見に行った。今日は一日空いているし(※仕事のない一人身の生活は、いつも空いているのだが・・)、どこに出かけるか考えたが、時計を見ると既に9時近かったので、近場の桜でも見に行くことにした。それなら佐倉城址公園国立歴史民俗博物館はどうだろう、ということで早速バイクを引っ張り出して出かけた。

▶平日の国道51号線は少し混んでいたが、四街道の吉岡交差点を過ぎると流れがよくなる。神門十字路を左折して東関東自動車道を超すと、もう佐倉市中心部である。このあたりの沿道の桜は満開に近い。混んだ道をしばらく走り、左折して歴史民俗博物館(歴博)のアプローチに入っていく。時刻はまだ午前10時だったが、駐車場前には既に順番待ちの車が並んでいたのには少し驚いたね。「皆さん、コロナにも関わらず結構頑張って外出されているんですね・・」と一人つぶやくが、自分のことは棚にあげて、いい気なものだ。

▶しかし、車が並んでいた理由は別にあった。通常使われている駐車場は閉鎖されていて、なんとそこは遺跡の発掘現場に様変わりしていた。サイトの周りはぐるっとフェンスで囲んであって、いくつか区分けされた穴の中には、既に帽子をかぶった大勢の人達が、一心不乱に土を削っている。何の遺跡かはよく分からないが、アスファルト舗装の駐車場の下に何か埋まっていると、一体誰がどうして気が付いたのだろう・・。ここで働いている人達を見ると、若い人は少なくて、殆ど年齢の高そうな人達だ。定年後のヒマつぶしにはこういうボランティア仕事もいいかなと、一瞬思ったりもするが、実際どうなのだろう。

▶それらを横目で見ながらバイクを止めて(※こういう場合、バイクは駐車の融通が利くのがいい)、歴史民俗博物館の建物に向かった。歴博は何度も来ているが、しっかり見ようと思うと一日は必要だ。特に2019年3月にリニューアル・オープンした第一展示室の「先史・古代」は、私にとって興味が深く、今日はもっぱらこの展示を中心に2時間程見学した。
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▶展示を見ていて、私にとってはいくつかの発見があった。一つは朝鮮半島の歴史で、紀元1世紀~5世紀にかけての三韓時代のことである。私はこれまで何となく、韓民族が三つに分かれて朝鮮半島全体を支配していたと感じていたのだが、それは大きな間違いで、現在の北朝鮮部分は、紀元前108年に漢の武帝によって征服されており、その後はここに楽浪郡帯方郡が置かれ、朝鮮半島の北半分は中国によって間接統治されていたのである。(⇒ 恥ずかしながら、今回リアルに分かりました。)

▶一方、半島南部は、多くの小国に分かれていたが、次第に馬韓辰韓弁韓の三国に統合される。しかも、弁韓の地には、当時の日本の大和政権が進出していたというから、朝鮮半島情勢は古代から既にして複雑だったのだ。日本の大和政権も、この時代には弁韓の地に進出し、そこを通して朝鮮半島南部に影響を与えていたし、その反動で日本も大陸からの影響を大きく受けていた。私が興味とする日本への仏教伝来も、この話の延長上にあるし、何より、当時の大和政権が、朝鮮半島を通じて国際政治の渦中にあったということもスンナリ理解できるようになった。

▶もう一つの発見は、群馬の榛名山の噴火である。これは第一展示室に伊香保の地質断面の模型がかなり大きく展示されているのを見て、初めて分かった。榛名山は、6世紀に2度に亘って大噴火を起こし、一度目は火山灰を1メートル、二度目は軽石を2メートルも東側山麓に積もらせた。それによって多くの集落が埋まったという。そうか、それで渋川に行くと「日本のボンベイ」という看板が立っているんだ、と分かった次第。それに、私が子供だった頃、毎日のように眺めていた榛名山が、こんな形で日本の古代史に影響を与えていたのを知ったのも、感慨深いものがあった。

▶三つ目の発見は、太田天神山古墳である。大規模古墳と言えば、堺市にある世界遺産の「百舌鳥・古市古墳群」が有名で、私はこれまで訪ねたことはないが、一度見てみたいと思っていた。しかし、群馬県太田市に、長さが210メートルにも及ぶ前方後円墳(太田天神山古墳)があることを知って驚いてしまった。この古墳は5世紀前半につくられ、当時は二重に堀がめぐらされてあったというから、この地方と大和政権の深いつながりが示唆されているそうで、群馬生まれの私にとっては、全く「灯台もと暗し」である。

▶第一展示室だけで2時間近く見学したので、これだけで疲れてしまった。残りの展示室は別の機会に譲り、併設するレストランで昼食をとった。ここは古代米のメニューを出していて、なかなかユニークで、多くの人達で賑わっていた。食事が終わって外に出ると、春の陽光がまぶしく、桜は満開であった。

▶ところで、歴博の一階部分から地階のミュージアム・ショップに階段で下りる途中、正面を見ると、一面ガラス張りとなった横長の巨大な窓から、枝ぶりの良い桜の大木が見える。当日はこの桜も満開で、この満開の桜がまるで巨大な額縁に入って飾られているようにみえる設計に、私は思わず拍手したくなった。皆さま、一度ご覧あれ。
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