マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

シルクロードの変貌と国宝「四騎獅子狩文錦」

NHK文化講座「シルクロード物語」を聴講しているが、4月からはシルクロードの隊商の民「ソグド人」に焦点をあてた企画に移っている。昨日は第三回目の講座だったが、視点はソグド人一般の話から、奈良法隆寺の国宝の話に移った。講座の開始にあたって、用意されたホワイトボードの全面に講師の中村先生(元NHKシルクロード取材班団長)が、大きなユーラシア大陸とそこを通るシルクロードの略図を書いた。西はローマから東は日本列島にいたる壮大な絵柄である。

シルクロードを最初に命名したのは、ドイツの地理学者リヒトホーフェンとされているが、彼が1877年の著書で言及したシルクロードは、中村氏が描いた地図のような壮大なものではなかった。地理的な範囲は、西は中央アジアサマルカンド辺り、東は中国の長安西安)周辺で、時間的には、今から2000年以上前の前漢後漢の時代に限定されている。リヒトホーフェン命名したシルクロードとは、彼がその範囲において中国の絹織物が流通していたことの一つの証を示したものであったとも言える。

▶話は変わって1884年明治17年)、時の明治政府に依頼された米国人の東洋美術史家のフェノロサ岡倉天心(後の東京美術学校の初代校長)が、法隆寺の夢殿において、なんと1200年もの間、中央の厨子の中で木綿帯でグルグル巻きに封印されていた「救世観音」を、僧侶の反対を押し切って強引にその封印を解いた事件があった。救世観音は、聖徳太子没後100年を経た8世紀半ばに法隆寺東院伽藍に建立された夢殿の本尊で、聖徳太子の実物大の仏像であるとも言われるが、この仏像の来歴や絶対秘仏化されたいきさつについては、現在に至るも多くの謎が残り、それが古代史愛好家の興味を引き続けてやまない。ところが、昨日のシルクロード物語の話は救世観音ではなかった。

フェノロサ岡倉天心は、救世観音を「再発見」したが、厨子を開いた時、傍らに無造作に置かれた縦250㎝、横134㎝の古代絹織物を発見する。後に「四騎獅子狩文錦(しきししかりもんきん)」と命名され、現在国宝指定されている絹織物である。これは、隋・唐時代に中国で制作されて、遣隋使または遣唐使によって我が国に持ち込まれたものと言われている。

▶中村先生によると、世界の織物文化は、中国を中心とした絹織物文化圏、インドを中心とした綿織物文化圏、そして西アジア以西の毛織物文化圏に分かれるとのこと。シルクロード命名の発端となった中国の絹織物は、漢代から隋にかけて織られた縦糸を中心に模様を織り出す経錦(たてにしき:経とは縦という意味で、緯度・経度の経と同じ)のことであるが、この織物がシルクロードを通って西に伝播する。一方、西アジアの毛織物は、横糸を主体に模様を織り込む技術によって作られており、こちらの方がより複雑な紋様を織ることが可能だ。中国発祥の経錦(別名、漢錦)は、西に伝播した後、西アジアの織物技術を吸収して、隋代に至って今度は横糸主体の複雑な図柄を織る絹織物に発展した。これを緯錦(よこにしき:緯度の緯は横の意味)と呼ぶ。
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                  四騎獅子狩文錦の復元  東京国立博物館

法隆寺夢殿で発見された「四騎獅子狩文錦」は緯錦(よこにしき)の傑作である。この国宝は、西アジアの横糸技術を使って織られているが、織り出された図案は国際的だ。直径43㎝の連珠円文の中には4人の騎士が羽の生えたペガサスと思しき天馬にまたがり、振り向き様に獅子を狩っている図だが、ヤシの木や葉アザミが図柄として取り込まれている。全体として、ササン朝ペルシアの図案がベースとなっているのは間違いないとのことだが、中国で織られた証拠として、馬の図柄に「山」や「吉」の漢字が織り込まれている珍しいものだ。

▶国宝「四騎獅子狩文錦」の示すところは、中国の絹織物が、経錦から緯錦へとおよそ700年の歳月を経て変化発展したという事実である。それはまさに東西交流の賜物であり、その成果が遣隋使・遣唐使を通じて海を渡って日本にもたらされた。それが現在の法隆寺に存在する。現代の学究の成果とも言うべきシルクロードは、リヒトホーフェンの時代から大きく拡大し、中村先生がホワイトボードに描いたような壮大な姿になった。

▶歴史のもととなる過去は変わらないが、新たな考古学的発見や歴史学の発展に伴い「歴史の解釈」は大きく変化する。その変化の過程と、それによってもたらされた時空を超えたロマンを感じ取るのが、シルクロードマニアの醍醐味だ・・と中村先生は言っているように思えるのだが。さて、この「四騎獅子狩文錦」と「ソグド人」との関係があるのかどうか、それはまた次回のお楽しみということで話は終わった。