マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

眠るということ


f:id:Mitreya:20211020150339j:image
▶今朝目が覚めると、寝室の東側の窓にかかったカーテンの隙間から、朝の陽光が漏れていた。普段はまだ薄暗いうちに目が覚めるのが普通だが、昨晩は午前2時過ぎの深夜に一度目が覚めた時、図らずも自分がおかした昔の失敗を思い出してしまい、その後は気が高ぶってなかなか眠りにつけなかった。年齢が嵩むと深夜に眠れなくなるのはよくあることなので、いつものラジオ深夜便をつけると、秋のジャズのナンバーが特集されていた。深夜に聴くジャズも、なかなかいい。

▶本来はスリープタイマーのお蔭で、30分でジャズは夢の彼方に消えていくはずなのだが、ラジオのジャズは消えても相変わらず眠れない。仕方がないので、お世話になっているドクターに処方してもらった軽い入眠剤(※作用時間が2時間と極短時間)を服用すると、その後はぐっすり眠ってしまった。次に目が覚めたのは既に午前7時を回っており、気分も上々で、昔の失敗のことなど気にならなくなったのは大変ありがたい。入眠剤には、軽い鎮静作用もあるようだ。

▶世の中、眠れない人は沢山いるようで、ぐっすり眠るということは今や最高の贅沢の一つとなっている。子供の頃は、布団に潜り込むとあっという間に眠りに落ちてしまい、これまたあっという間に目が覚めると既に母親が朝食の支度をしているという具合いだったから、夜中に8時間も9時間も時間が流れている感覚が殆どなかった。当然、眠るのに忙しくて夢など見ている暇もなかったから、大人が夢の話をするのを聞いたりすると、いつかは自分も夢というものを見たいものだと思っていた。本当に、子供の頃の睡眠が現在実現できたら、なんと素晴らしいことか・・・。

▶因みに、自分が生涯で経験して現在も記憶に残るもっともぐっすりと眠った経験というと、それは若かった父親の通夜があった晩、当時12歳だった私は妹と一緒に、隣家に床をとってもらってそこで眠ったことである。その二日前くらいから父が危篤となり、父が寝ている病院の一室で、我々は眠れぬ夜を過ごしていたが、父が亡くなくなると二間しかない当時の家には親類の人がごったがえし、疲れた子供の私達が寝るようなスペースは全くなかった。そこで隣家の好意に甘えることになったのだが、この時に用意された布団の暖かさと安心感で、父親を失くした悲しみもどこへやら、私はズンズンという勢いで眠りに落ち込んでいった。その時感じた心地よさは今でも鮮やかに思い出すことができる。

▶若かったころはよく眠った。一番よく眠ったのは、大学の講義室だったというのはまんざら冗談でもなく、友人からは呆れられたものだ。目が覚めると既に講義は終わっていて、机の上は口からあふれ出したよだれで濡れていた。当然、住んでいた寮の部屋では更によく寝ていた。夜中に何をやっていたのか忘れたが、だいたい眠りにつくのは明け方で、目をさますと既に夜が近かった。起きた時のいいようもない倦怠感と罪悪感は、しかし、一時間も経たないうちに消え去ってしまうので、この習慣は容易に改善されることはなかった。もし人生が二度あってこの時まじめに勉強していたら、当然違う人生が用意されていたかも知れないが、歴史にイフが無いのと同じく、人生にもイフはないんですね。まあ、今振り返ると、後悔する気持ちもないではないが、やはり懐かしい気持ちの方が先に立つ。それにしてもよく眠った。

▶睡眠に関して言うと、私などは通常人の範囲に入っていると思うが、このレンジから外れた人というのも当然いる。数年前、まだ私が現役で仕事をしていた頃、夜中の中途覚醒に悩まされた時期があった。寝つきはいいのだが、2~3時間で目がさめてしまうので困った。ドクターに相談して「これは不眠症とか言うものでしょうか」と聞くと、「全く違います」と笑われた。この時、本屋で椎名誠「ぼくは眠れない」を見つけて早速読んだ。椎名誠は、35年間も不眠症に苦しんできたことをこの本で初めて明かしているが、これを読むと、その時私が感じた「眠れない」というのと、椎名の「眠れない」というのは次元が違うことがよく分かる。この間、椎名は睡眠に関する膨大な本を読んで勉強したそうだが、「それが分かったからといって、今晩眠れる訳ではない」というのは、笑ってしまうが、本当だろう。
f:id:Mitreya:20211020150737j:image

▶眠れないで悩む人がいる一方、眠らないでも大丈夫な人もいる。ナポレオンは3時間しか眠らなかったという逸話は有名だが、彼は馬の上でも眠っていたという話もある。以前友人達と酒を飲みながらの会話で睡眠のことが話題になったが、その時の友人の一人は「実は俺も3時間くらいしか寝ていないよ」と平気な顔をして言っていたのを思い出す。彼は都内の一等地に住む弁護士のセレブだが、平日・休日を問わず、ベッドに入るのは午前3時過ぎで、朝7時には目を覚ますという生活を30年以上も続けているというから、驚きを通り越して恐れ入るしかなかった。人生の三分の一は寝ているというのが相場だが、彼の人生は、私などより当然長い。

▶ところで、昨日「徹子の部屋」を見ていたら、黒柳徹子が「生まれてからこの方、9回しか夢を見た記憶がない。おそらく見ているのでしょうけど、私は全く覚えていないのよね。」と言っていた。話半分としても、世の中こういう人がいることも否定できない。黒柳のパジャマはスカートタイプで、ゲストの江口のりこが、「寝ていてまくりあがりませんか」と尋ねると、「私は、眠ると寝返りを殆どしないので、起きるまで殆ど動かないから大丈夫」なのだそうだ。確かに年をとると寝ていて動かなくのは事実だ。

▶ぐっすり眠るのは最高の贅沢だと書いたが、その究極の形が「死ぬ」ことだとすると、死ぬのも悪くはない。ぐっすり眠って夢も見ない人は、毎晩死んで朝生き返ることを繰り返しているようなものだ。徹子さんは身体も動かさないそうだから、ますます眠っているのか死んでいるのか(本人も外の人も)区別がつかない。ところで、夜、幸せな気持ちでベッドに入って眠りにつき、楽しい夢を見ながら、そのまま起きずに永遠の眠りについてみたいと、一度くらいは思ったことがありませんか。

▶私の母方の祖父は、腕の立つ板金職人だったが、一日の終わりに晩酌をしてから気持ちよく布団に入る時、決まって「ああ、いやだいやだ」と言っていた。ある時、何がいやなのかと聞いたら、翌朝起きてまた仕事をしないといけないのが「いや」なのだという。その気持ちも最近少し分かるようになった。祖父は、その後しばらくして、希望どおり毎朝起きなくてもすむような身分になったから、それはそれで良かったのかも知れない・・・。