マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

うたかたは、かつ消え、かつ結びて・・・スーパー銭湯の閉館

▶10月31日の日曜日。衆議院選挙の日なので、朝一番で近所の小学校の投票所に出かけた。午前7時過ぎの投票所は空いていて、入り口では手の消毒をして、自分用の鉛筆を手にとってから受付した。私のところの小選挙区は、与野党から一人づつの二人の候補者しかいない。どちらも積極的に投票したい人物とは思えないが、白票を入れるのもどうかと思い、よりましに思える候補者に一票を投じた。

▶選挙はあっても不正が横行するなどまともなものではなかったり、もともと選挙など無い国が依然としてある中で、「よりまし(どちらでも大差はない)」な候補者の選択が許されるという日本の政治状況は、世界的に見ても、ある意味で幸せなことである。そもそも選挙結果が投票終了直後の午後8時に概ね判明(※しかも、誰も異議を唱えない)してしまうという国も、稀有だ。国情が安定していることの証だろう。アメリカの大統領選挙なんて酷いものだった。

▶31日は、選挙以外にも私にとって特別な一日だった。日頃から愛好していた近くのスーパー銭湯が、この日で閉館となってしまうのだ。この銭湯のことについては、今年の3月初めにこのブログにも書いた。この時は、回数券の販売が中止されるとのことだったので、何故中止するのか不審に思ったものの、廃業されてしまっては大変なので、応援の意味も込めて、最終販売日には大勢の人達が少しお得な回数券を求めて店先に並んだと書いた。しかし、8月中旬には、無情にも10月末での閉館が通知され、私は少なからずショックを受けた。
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▶この銭湯に通い出したのは、現在の地に引っ越ししてからだが、かれこれ13年になる。当時、私は会社を替わったばかりで、それ自体が必ずしも意に沿うものではなかったので、人生で初めて感じる悲哀の中にあった。そこで、心機一転やり直そうと思い、妻と相談の上、身辺環境を新しくする意味を込めて引っ越しすることにしたのだ。そこで、この銭湯に出会った。

▶私は、ここの風呂に入って、流れる雲や時折飛ぶ旅客機を眺めているのが好きだった。家の風呂に入っている時に何を考えるのかと言えば、何も考えない。しかし、ここの銭湯の露天風呂に浸かっていると、考えが不思議と日常の些事から離れてゆき、気が付けばその時間が、自分の人生を振り返る貴重な機会を提供してくれるのだ。マイナス思考は次第に薄れてゆき、心が冷静さを取り戻すようになってから、私の人生は再び好転し始めた。

▶人生には「上り坂」と「下り坂」の他に「まさか」という坂があると言ったのは、小泉純一郎だったか。令和元年、私の「まさか」は、定年を迎えて会社を退職すると同時に妻を失うという形でやってきた。まさか、このような形で再び人生の転機を迎えようとは思ってもみなかった。そして、それからしばらくは、この銭湯に足を向けることはなかった。どうしても行く気になれなかったのだ。

▶令和2年になって、ようやく銭湯通いを再開する。最初は露天風呂に入って空を眺めていると、涙が湯舟に落ちるほどだったが、それも少しづつ時間が解決していった。冷静さが再び戻ってきて、私は起こった事態を明らかにみる、すなわち「あきらめる」ということを理解しだしたのだった。私は、ここの風呂に入っている時に、時間の流れというのを実感する。その感覚は、他ではなかなか得られない感覚なのだ。だから、ここが閉鎖されると決まったときはショックが大きかった。

▶31日は、午前9時の開館とともに銭湯に行った。最終日なので、午前中から大勢の人達がやってきて、たちまち満員状態になった。それでも、露天風呂やサウナも含めて全ての浴槽に入ったが、これが最後かと思いながら露天風呂を出たのは、既に2時間近く経過した後だから、風呂から出たらいささか疲れた。コーヒー牛乳を飲んで家に戻ったら丁度11時だった。

スーパー銭湯の閉館が、単なる経営者の交代なのか、取り壊されてマンションにでもなってしまうのか今のところは分からない。温泉の泉質は結構よかったし、施設も古びてはいたがそれなりの状態で維持されていたので、意欲のある経営者がいれば銭湯が再開される可能性もゼロではないだろう。しかし、多くを期待するのはよそう。

平安時代末期から鎌倉時代を生きた鴨長明は「方丈記」の書き出しで、「淀みに浮かぶうたかた(泡沫)は、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし」と書いている。我々の人生は「うたかた」のようなものだ。枝野幸男が政治を変えようと叫ばなくても、そして政権交代が実現しなくても、(良くも悪くも)世の中は変わってゆくものだ。そして確かに、我々の人生も変わってゆく・・・よくしたものだ。