マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

エリザベス女王死す


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▶連休明けの今日・・と言っても私にとっては連休の意味合いは殆どないに等しいが・・九州地方を縦断した台風14号は、その後日本海に沿って進み、今度は東北地方を横断して無事に再び太平洋に戻っていったようだ。千葉は朝から曇り空で、時折雨がパラついている。テレビをつけると、昨日の夜(現地時間の19日正午前後)にロンドン市内で行われたエリザベス女王国葬の様子が流れている。ワイドショーが繰り返しこの件を取り上げているのは、やはり日本人の間にも「英国王室モノのニーズがある」という具合に思っていることの証左かもしれない。

▶それを見ていて、自分自身も訳もなく大英帝国の歴史が醸し出す荘厳な雰囲気に取り込まれ、リスペクトしているような気分になっていることに気がつき、改めてプロトコル(儀式)とプロパガンダ(宣伝)のもつ重要性についての認識を新たにした。内実はともあれ、形式によって導き出される真実(と言っていいか分からないが)というものがあるというのも、あながち嘘ではなさそうだ。

▶さて女王の国葬は、イギリスにとって間違いなく最重要課題の一つであり、イギリス政府は今次の国葬のありかたについて、「ロンドン橋作戦(Operation London Bridge)」と名付けて1960年代から準備を重ねてきたと報道されている。最初に新聞でそれを見た際は、ジェームス・ボンドの国柄に相応しい国葬の演出の一種かジョークの一つだろうと思っていたが(※なにせ、女王の死はロンドン橋が落ちたという暗号だそうだ)、実際の国葬の様子や世界の国々(もちろん英連邦諸国も含め)の反応を見るにつけ、それがイギリスにとって間違いなく死活的に重要なオペレーションであることがよく分かり、思いを新たにした。

▶それにしても、この世紀の大イベントを実質的に仕切るプロデューサーとは、一体どんな人物なんですかね。おそらく、想像力が豊富(※これは危機管理の要諦です)で、構想力があって、もちろんリーダシップは不可欠だが、根回しができるバランス感覚があって、細かいことにも注意が向く人なんでしょうな。また、そういうことが一切表に出てこないというのが、いかにも「ロンドン橋作戦」というネーミングにもマッチしているようで面白い。

▶イギリスというのは、19世紀に世界(七つの海)を制覇した歴史的な覇権国家の一つであり、その時期はパクス・ブリタニカとも呼ばれるほどだが、一方においてはその悪名も高い。アヘン戦争による香港割譲や、インド・アフリカでの過酷な植民地政策、第一次世界大戦時の中東におけるいわゆる二枚舌外交など、いずれも現在の世界がかかえる地政学上の諸問題の元凶を作り出したは、実はイギリスに他ならない。

▶その象徴とも言うべきものが、現在の大英博物館大英図書館である。言葉は悪いが、そこに収蔵されている宝物や歴史的遺物・文物の殆どは、イギリスが世界中から収奪してきたもので、現在でも各国政府から返還要求が出されているというのは、本当だ。イギリスも本心は痛い話だと思っているはずだが、表面的には全く相手にしていない。カエルの面にナントカの例え通りだ。

▶近現代の歴史を素直に振り返れば、アメリカも相当のワルであるのはプーチン習近平が言わずともそのとおりだが、私など本当のワルはイギリスではないかと思ってしまう。だが、かく言う私自身が実はイギリスに対する好感度が決して低いわけではないというのは一体どうしたことか。よくよく考えると、そこにこそイギリスの国家戦略やイメージ戦略、外交的したたかさがあるような気がする。

▶2011年の夏、妻とイギリスを旅した。ロンドンを皮切りに北部の湖水地方や、ロンドン近郊のコッツウォルズ古代ローマの遺跡があるバースを回った。ロンドンでのお目当ては、もちろん大英博物館大英図書館大英博物館には、まさに人類の叡智の殆どを集めつくしたのではないかとも思える程、ありとあらゆるものが集まっていた。なにせ、あのニューヨークのメトロポリタン美術館の収蔵数が150万点なら、こちらは800万点というから、アメリカと比べても大人と子供の開きがある。まあ、アメリカもイギリスの植民地だったのだから、当然ではあるが。(ちなみに、国葬に参列したバイデン大統領の座席が、中央からかなり離れていたのも興味深い。)

▶もちろん、規模だけでなく質の面でも圧倒的。有名なロゼッタストーンやメキシコのクリスタル・スカル、エジプトのミイラ、パルテノン神殿の壁画彫刻、古代アッシリアの巨大彫刻等々、こんなものよく集めたものだと怒るより感心することしきりだった。しかも、入場料は無料で、写真も撮り放題。どうせ力にまかせて世界各地からかっぱらってきたようなものだから、入場無料は当たり前だと思ってはみても、正直、目の前に展開される展示物の素晴らしさとイギリス政府の太っ腹?に、こちらも圧倒されてしまいました。さすがイギリスは偉いものだ、という具合に。

▶比較的懐疑的だと自認している私でもこの通りなので、普通の人がイギリスに好感度を持つのはうなづける。ワイドショーが好んで取り上げるのもそういうことか。音楽が好きな人ならビートルズ、プロコルハルム、クイーン。推理小説ならシャーロックホームズ、アガサクリスティ。科学者ならニュートンダーウィン、ホーキンス・・・。そしてこういう人物に大英勲章などを与えたりして体制側に取り込んでプロパガンダとして活用するのが実にうまい。その頂点に君臨したのがエリザベス女王で、彼女はロンドン五輪の時にヘリコプターから飛び降りて会場に駆けつけるという早業を演じた。

▶イギリスの王室ほど、非政治的存在にもかかわらず、そして非政治的にしか動けないにもかかわらず、結果として政治的な影響力を保持してしまっている存在を私は知らない。エリザベス女王は、その70年の治世の中で、イギリス連邦の君主として、自らの存在が醸し出すある種の力の存在を知り、活用して、彼女が任命した15人の首相と共にイギリスをリードした。それはおそらく、今後の世界を見渡しても、再び現れることのない、立憲君主制国家の君主の姿だったような気がする。つまり彼女は本当に最後の君主だったのだ。

▶偶然なのだが、四国遍路から戻って歯痛に悩んでいるとき、アマゾンで推理小説を注文した。アガサ・クリスティーの「スタイルズ荘の怪事件」「ナイルに死す(ナイル殺人事件)」「そして誰もいなくなった」の3冊だ。クリスティーの「アクロイド殺人事件」や「ABC殺人事件」は読んでいたが、上記3冊はとっておいたもの。クリスティーは私のお気に入りの一つで、彼女の小説を読んでいると、なんだか昔のイギリスを旅しているような気がするからこたえられない。そして私は堪能した。そのミステリーの女王は、1971年、エリザベス女王によって大英勲章第二位に叙された。