マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

雨の新宿御苑で桜を見る会


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▶日本人はなぜ桜が好きなのだろう。西行法師は、「願わくは花の下にて春死なん その如月の望月のころ」と詠んで実際にその通りの時期に亡くなったと伝わるが、そのくらい桜が好きだったようだ。この歌が人々の記憶に残るのは、誰もが西行が示した心境に不思議に共感を覚えるからだろう。確かに桜の花はあでやかで、その咲きっぷりも見事であるから他の花とは格が違うように感じるし、日本の国の花が桜というのも素直にうなづける。しかし日本人に桜の花が好まれるのは、単にその花が美しいからだけではなさそうだ。桜の花が一斉に咲いて一斉に散っていく様は、人の世の儚さを連想させる。それは決して楽しい連想とはならないが、こういった無常感を日本人は決して嫌いではないようだ。

▶江戸時代に生きた本居宣長には「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う山桜花」という歌がある。宣長は大和心を山桜に例えたが、この発想は昭和になると靖国神社の「同期の桜」につながってくる。咲いた花なら散るのは覚悟という歌詞は、桜の花の特徴をよく表しているが、哀しすぎて、おだやかな気持ちではいられない。神風特攻隊には「敷島隊」「大和隊」「朝日隊」「山桜隊」と名付けられた部隊があったそうだが、そうだとすれば桜は大和魂だけでなく戦争を象徴する花ということになる。三島由紀夫の代表作である豊饒の海4部作の「春の雪」や「奔馬」にも桜を象徴とする表現が多く出てくるが、言いたいことは同じだろう。しかし私は桜に関するこう言った連想は好きではない。

▶とは言え、私は桜が好きだ。なので、これまで毎年のようにどこかへ誰かと花見に出かけた。殆どは都内の桜の名所と言われるところだが、たまには妻と一緒に地方の桜を見に行ったこともある。現役で仕事をしていたころは、必ず他の予定に先立って花見の日程を入れた。夕方同僚たちと大手町の会社を出て、九段下から歩いて千鳥ヶ淵の桜を見るのが定番で、桜を見終わってからは、神保町や神田あたりまで戻って居酒屋で酒を飲んだ。隅田川あたりまで足を延ばして桜を見たあと、近くの町中華を借り切って餃子パーティと称して大騒ぎをしたこともあった。こうなると花見に名を借りた単なる飲み会だが、世の中の花見というのは、だいたいそんなところだろう。

▶会社を辞めてからも昔の仲間とのつきあいが続いており、今年はある女性グループの人たちと新宿御苑で桜を見た。日程は全員の都合に合わせて、あらかじめ3月25日の土曜日と決めておいた。新宿御苑で桜を見るというと、安倍元首相の「桜を見る会」のことを思い出すが、首相主催の「桜を見る会」は4月中旬頃の八重桜の時期だから、時期は少しズレている。しかしこちらは当分開催されることはなさそうだ。

新宿御苑は、御苑という名前が示すとおり、もとは皇室が所有する庭園で、戦前から桜の咲く時期に天皇主催の園遊会などが開かれていたそうだから、昔から桜の名所であることは間違いなさそうだ。現在は環境省管理の国民公園という形になっており、僅かな入園料さえ払えば誰でも入園できる。花見を新宿御苑にしようと言い出したのは実は私で、50年近く前に一度だけ行ったことがあるが、当時の記憶は殆ど残っていない。50年経って御苑がどうなっているかの興味もあって提案したら、それなら行きましょうということになった。
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▶25日の天気予報は数日前から雨が確定していた。しかし日程の再設定が難しいのでそのまま実施することに決定。当日は朝から予報どおりの雨が降っていて、気温も10度前後で花見としては最悪の状況だが、午前10時半に新宿御苑の新宿口付近に集合する。雨の日なので入園者はいたって少ないが、それでもコロナ対策のため入園者数は上限管理がされていて、予約がないと入園するのに手間がかかる。私達はあらかじめネットで予約していたので、一人500円を払って無事に入園。ゲートを過ぎると、眼前には広大な芝生と森が広がっているが、全ては文字通り雨に煙っている。一瞬ここが都内であることを忘れるほどだ。

▶これまで雨の中を歩いて花見を楽しんだという経験はない。しかし、この新宿御苑の桜は見事だった。広大な芝生を囲むようにあちこちに桜が咲いているが、いずれの桜も地面近くまで枝が垂れ下がり、満開である。桜の種類も、ソメイヨシノだけでなく、白い山桜や、あでやかな枝垂れ桜も散在している。雨が降っているので傘をさしながら桜の下を自由に散策したり写真を撮ったりするのだが、人は少なく、周囲の新緑も雨の為か濡れてひときわ鮮かで陰影が深い。晴れた陽光の下で見る明るく平面的な桜とはまた違った趣きがある。
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▶傘を差しながらおよそ1時間近く御苑内を散策したが、早く切り上げて帰ろうというような声はまったく出ずに、満開の桜と雨に濡れる庭園の景色を堪能した。これまで千鳥ヶ淵靖国神社、目黒川や上野公園などの桜も見たが、雨の新宿御苑の桜は、これらとくらべても格別に味わい深いものとなった。あいかわらず雨は降り続いていたが、昼近くなってきたので、私達一行は大木戸門から出て丸の内線で東京駅まで戻った。

▶その後、新丸ビル内にあるタイ料理の外の景色も見える店で、2時間飲み放題つきのランチで盛り上がった。こちらは雨の影響などは全くなくて、むしろ窓の外に陽光が見えない雨の方が落ち着いていていいなどと言いつつ、見てきた桜の余韻に浸りながらビールを飲んだ。実はこのグループは「桜を見る会」ならぬ「ビールの会」という名前で、全員がビール党だから定期的にビールを楽しむ。確かに桜も良かったが、ビールも負けずに良かった。午後2時半に東京駅で解散し、私は千葉まで戻った。雨の一日だったが、充実した一日だった。