マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

将棋名人戦第4局の衝撃・・藤井聡太の挑戦・・


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▶将棋が好きである。子どもの頃は遊びで指していたが、大人になってからは指す機会がめっきりなくなった。最近ではもっぱら将棋番組を見たり、簡単な詰将棋(5~7手詰め)を解いたりするくらいであるが、こういうのを昨今では「観る将」と言うらしい。熱心な「観る将」の人は、ABEMAの将棋チャンネルで実際の棋戦中継を朝から晩まで見続けたり、将棋連盟の主催する各種イベントに出かけて行ったりするらしいが、私の場合は日曜日にNHK杯将棋トーナメントをテレビ観戦する程度だから、かわいいものである。

▶ところで昨今の将棋界の話題を独占しているのは、言わずと知れた藤井聡太である。話題を独占しているとの言葉には偽りはなく、実際YouTubeで将棋関連の動画を見ようとすると、藤井聡太関連の動画ばかりが表示される。弱冠20歳にして将棋の8大タイトルのうち、すでに竜王・王位・棋聖・王将・棋王叡王の6タイトルを保持しながら、現在7タイトル目の名人戦渡辺明名人と戦っているところであり、タイトル奪取まであと1勝に迫っているというから、盛り上がるのも当然か。

▶しかし、先日福岡市で開催された名人戦第4局は、これまでとは違った意味で衝撃的だった。2勝1敗とリードする藤井は、渡辺名人を僅か69手の短手数で投了に追い込んだのだ。縁台将棋ならいざ知らず、将棋界のトップ棋戦に位置付けられる名人戦において、時の名人をこれ程の短手数でKOするのは前代未聞である。名人は、藤井によって持ち駒をゼロにされ、自玉の詰みはまだかなり先にも関わらず、次に指すべき手が全くなくなった状態に追い込まれて(※これ以上将棋を続けると、名人の権威は失墜し、棋士としてのプライドが崩壊する)、屈辱的な短手数での投了を強いられた形となったのだ。

▶野球にはコールド負けというルールがあるが、今回の名人戦第4局は、WBCで王者アメリカ(名人)がサムライ日本(藤井)に滅多打ちにされて7回でコールド負けになったようなもので、実際にはあり得ないような話なのである。それが起こってしまったところに、将棋における勝負の世界の非情さがある。藤井ファンは今回の勝利に諸手をあげて喜んでいるのかも知れないが、ここまで藤井が強くなると、渡辺名人ならずとも全ての棋士が委縮してしまって、結果的に将棋の面白さが半減してしまうのではないかと本気で危惧する人が出てきてもおかしくない。それほどに藤井は強い。

▶将棋の非情さを示す次のような話もある。昭和25年に創設された王将戦には、3番手直り指し込み制度というものがあった。7番勝負で互いの勝敗の差が3勝に開く(例えば3-0)とその時点で勝負は決着するという特例なのだが、実は次の局からは勝っている方が相手に対して香車落ちのハンデ戦(※実際は香車落ち戦の次局は平手戦の交互方式)で第7局まで戦うというもので、負けている側からするとハンデまでもらっての対局を強いられ、さらに負けたら屈辱が倍加する極めて情け知らずな方式なのである。まあ、新聞社の都合や、見ているファンは楽しいのかも知れないが・・・。

▶昭和26年の第一期王将戦は、木村名人と升田幸三八段の対戦となったが、升田が名人に対して4勝1敗となった時点で升田の勝利が確定するも、第5局は升田が名人に対して香車落ちで戦うという環境が整った。しかし、升田は鶴巻温泉の旅館陣屋で行われる予定の第6局の対戦を直前になって拒否する陣屋事件を起こす。升田が対戦拒否した直接の原因は陣屋の対応にあったと言われているが、遠因には棋戦を主催する毎日新聞に対する不満や、時の名人とハンデ戦で戦いたくない(もし升田が勝てば名人の権威は失墜する)という心情もあったようである。

▶対戦拒否のため一度は王将位剥奪の処分が下されるも、最終的には戴冠が認められた升田は、昭和31年の王将戦でも、時の名人の大山を3番手直りで指し込むという非常事態を引き起こす。しかもこの時升田は、名人大山に対して次局を香車落ちのハンデ戦で勝利してしまうのだ。これこそ、前代未聞・空前絶後の椿事であり、こんなことはその後の制度変更もあって、今後は起こりようがない。
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▶升田は13歳の時、母親が使っていた物差しの裏に「名人に香を引いて勝ったら大阪に行く(※一部意味が不明。勝つために?)」と書いて出奔したという実話が残っているが、その升田は実際に名人に香を引いて勝った。こんなことが実際に起きてしまうのが将棋世界の面白さだ。それにしても、制度のなせる業とは言え、負けた大山名人がどれほどの屈辱を感じたかは察するに余りある。大山は升田の弟弟子だったから、升田が兄貴分の貫禄を見せたというところだろうが、大山はその屈辱を撥ね返し、その後は大山一人天下の時代を迎えるのである。その後の大山も勝負に対しては非情だった。

▶幸いなことに現代の名人戦には指し込み制度なるものは存在しないが、先日の名人戦第4局で藤井が名人渡辺を僅か69手で投了に追い込んだことは、香車落ちで指し込んで勝ってしまったのと同じくらい、渡辺を屈辱の淵に追い込んだことだけは間違いない。名人渡辺に対しては通算18勝3敗と圧倒的で、これで藤井の20歳での最年少名人獲得は、既成事実化したと受け止められている。

名人戦第5局は、長野県の山田温泉藤井荘で5月31日から行われる。山田温泉には行ったことはないのだが、実はなじみがある。いつも通っている居酒屋の常連さんの一人で90歳になるT氏が、戦前に学童疎開した場所が山田温泉で、その時の話は何度も伺っているからだ。T氏に今度お会いした時に、老舗旅館の藤井荘を知っているかどうか聞いてみようと思うが、いずれにしても、藤井荘で行われる名人戦で、歴史的な藤井新名人が誕生したりしたら、この話は漫画以上に漫画的で劇的になるだろう。全く、誰かが仕組んだような話だ。
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