
▶8月13日の夕方、傘をさして駅近くの居酒屋まで歩いて行った。雨が降る中わざわざ居酒屋に出かけて行ったのは、浜松に長期出張しているH氏がお盆休みで戻って来ていたからで、たまたまその日に居酒屋でいつものメンバーと酒を飲む約束をしていたのである。5時半近くに入店すると、すでにH氏を含めていつものメンバーが集まっていた。ちょうどその頃から雨脚が強まり出す。
▶木曜日の夕方の店内は混んでいた。店内で気持ちよく飲んでいるぶんには、外の雨音など全く気にならない。そして話もだいぶ盛り上がってきた頃、突然携帯の緊急ブザーが鳴り、千葉市より「緊急速報メール」が届く。気象庁が19時30分に、千葉市を中心とした地域に大雨特別警報(警戒レベル5)を発出したのである。我々はこの時初めて外の雨の強さに気がついた。
▶その日の夜に雨が降ることは知っていたが、警報が出るほどの雨になるとは全くの想定外だ。しかも警戒レベル5の特別警報とは、既に一部では被害が出ている程の緊急性が高いもので、命の危険が迫り、ただちに安全確保が必要な状況時に発出されるものである。どれほどの雨の強さなのかと店のドアを開けて外を見ると、正面に見える駅のプラットフォームには列車が緊急停車しており、猛烈な雨で停車中の列車が霞んで見えるほどだ。

▶幸いなことに、店がある都賀駅周辺は比較的高いところに位置しているので、浸水被害を心配する必要はない。よって、そのまま暫く店に留まることにした。なお、我家も周囲と比べて高い場所に位置しており、浸水などの不安を感じることがなかったのは幸いであったが、それにしても、緊急避難が要請されるような警戒レベル5の豪雨の最中に、のほほんと居酒屋で酒を飲んでいるというのも、ナントモ間が悪いものだ。
▶その日の晩、千葉県は豪雨の影響で大混乱に陥った。千葉駅以遠の全ての列車がストップしてしまったので、大量の帰宅困難者が発生。駅前が冠水し線路が水没した蘇我駅ではピーク時4000人が家に帰れず、千葉駅構内では長大なタクシー待ちの行列ができた。陸の孤島と化した成田空港では、7000人が空港内で夜を明かさざるを得なくなった。
▶我々もいつまでも居酒屋に残り続ける訳にもいかない。店内にいた客も2人、3人と雨の中を帰って行く。9時半過ぎになっても雨脚が弱まる気配はないので、思い切って帰宅を決断し、ほうほうの態で家まで戻った。家族や友人たちからは心配のメールが届いていたので、とりあえず無事に家に戻ったことを報告。その晩はラジオをつけると、千葉の豪雨情報でもちきりであった。
▶翌朝になってやっと雨は上がってきたが、千葉市緑区の12時間総雨量は348ミリに及び、8月1ヶ月の平年降水量の3倍を超える雨量が半日で降った計算で、文句なしに観測史上1位の降雨記録となった。これにより県内各地で浸水被害が多発。我家の周りでは被害はなかったが、県全体で死者10人、行方不明者1人、住宅の浸水・損壊の被害は1300棟に及んだ。
▶しかし今回の豪雨で特徴的なのが、河川の氾濫ではない一時的な排水能力不足による内水被害で、特に自動車の浸水被害が目立っていることだ。亡くなった人の多くが、冠水した道路で立ち往生し水没したクルマの中で被害にあっている。中央区村田町の国道16号の水没したアンダーパスにクルマが突っ込んで1人が亡くなったケースなどは、何とかならなかったのかと思わざるを得ない。豪雨被害は土砂災害だけではないのである。
▶13日から14日にかけて、県内全域で約1200台(※17日現在の集計では、2700台以上)のクルマが浸水被害にあって動けなくなっており、一部では未だレッカー移動がされずに道路上に放置されているケースもあるようだ。私がよく利用している京葉道路穴川から貝塚にかけての国道16号の下り側道でも、数台のクルマが浸水被害にあい、動けずに14日時点でも道路に放置されたままとなっている。もしあの時間その道をクルマで走っていたとしたら、自分も浸水被害にあった可能性が高いので、全く他人事とは思えない。


▶今回の千葉豪雨は、線状降水帯の発生によるところが大きいが、何故千葉県に線状降水帯が発生したのかについては、かなり特殊な気象要因が重なっているようだ。そもそもは8月11日夜に茨城県に上陸した台風15号が、統計史上極めて珍しい本州を東から西に横断する逆走台風となって、関東地方を駆け抜けていったことがきっかけとなっているが、この時にその後に千葉を豪雨が襲うことになるとは誰も予想していない。
▶13日は台風15号は熱帯低気圧となって朝鮮半島付近にあったが、北海道の東にオホーツク海高気圧が張り出し、関東地方はたまたまその高気圧の端に位置していた。その高気圧の縁に沿うような形で東の海から大量の温湿な空気が千葉県に吹き込み、同時に関東地方の上空1万メートルにはマイナス30度の寒気が入り込んでいたため、その相互作用で千葉に大規模な積乱雲が次々と発達したのである。
▶今からちょうど7年前、令和元年9月9日に千葉市に上陸したのが台風15号だった。私が忘れることができないのは、その日が妻の葬儀の日だったからだ。台風15号は典型的な風台風で、千葉市では観測史上1位の瞬間最大風速57.5mを観測し、全県に渡って甚大な被害をもたらし、千葉市内も長く停電が続いたことは記憶に新しい。当時の森田健作知事は、この時の防災対応の不手際が尾を引いて、結果的に熊谷知事にとって代わられることになった。
▶そして誰も気がついていないようだが、今回の「令和8年8月千葉豪雨」も、やはり台風15号が引き金となっている。熊谷知事は、前任者の失態を他山の石として防災対策に励んでほしい。それにしても、千葉県は災害が少ないところだと思っていたが、案外そうでもなさそうだ・・・。











