マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

令和8年8月千葉豪雨と台風15号

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▶8月13日の夕方、傘をさして駅近くの居酒屋まで歩いて行った。雨が降る中わざわざ居酒屋に出かけて行ったのは、浜松に長期出張しているH氏がお盆休みで戻って来ていたからで、たまたまその日に居酒屋でいつものメンバーと酒を飲む約束をしていたのである。5時半近くに入店すると、すでにH氏を含めていつものメンバーが集まっていた。ちょうどその頃から雨脚が強まり出す。

▶木曜日の夕方の店内は混んでいた。店内で気持ちよく飲んでいるぶんには、外の雨音など全く気にならない。そして話もだいぶ盛り上がってきた頃、突然携帯の緊急ブザーが鳴り、千葉市より「緊急速報メール」が届く。気象庁が19時30分に、千葉市を中心とした地域に大雨特別警報(警戒レベル5)を発出したのである。我々はこの時初めて外の雨の強さに気がついた。

▶その日の夜に雨が降ることは知っていたが、警報が出るほどの雨になるとは全くの想定外だ。しかも警戒レベル5の特別警報とは、既に一部では被害が出ている程の緊急性が高いもので、命の危険が迫り、ただちに安全確保が必要な状況時に発出されるものである。どれほどの雨の強さなのかと店のドアを開けて外を見ると、正面に見える駅のプラットフォームには列車が緊急停車しており、猛烈な雨で停車中の列車が霞んで見えるほどだ。

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▶幸いなことに、店がある都賀駅周辺は比較的高いところに位置しているので、浸水被害を心配する必要はない。よって、そのまま暫く店に留まることにした。なお、我家も周囲と比べて高い場所に位置しており、浸水などの不安を感じることがなかったのは幸いであったが、それにしても、緊急避難が要請されるような警戒レベル5の豪雨の最中に、のほほんと居酒屋で酒を飲んでいるというのも、ナントモ間が悪いものだ。

▶その日の晩、千葉県は豪雨の影響で大混乱に陥った。千葉駅以遠の全ての列車がストップしてしまったので、大量の帰宅困難者が発生。駅前が冠水し線路が水没した蘇我駅ではピーク時4000人が家に帰れず、千葉駅構内では長大なタクシー待ちの行列ができた。陸の孤島と化した成田空港では、7000人が空港内で夜を明かさざるを得なくなった。

▶我々もいつまでも居酒屋に残り続ける訳にもいかない。店内にいた客も2人、3人と雨の中を帰って行く。9時半過ぎになっても雨脚が弱まる気配はないので、思い切って帰宅を決断し、ほうほうの態で家まで戻った。家族や友人たちからは心配のメールが届いていたので、とりあえず無事に家に戻ったことを報告。その晩はラジオをつけると、千葉の豪雨情報でもちきりであった。

▶翌朝になってやっと雨は上がってきたが、千葉市緑区の12時間総雨量は348ミリに及び、8月1ヶ月の平年降水量の3倍を超える雨量が半日で降った計算で、文句なしに観測史上1位の降雨記録となった。これにより県内各地で浸水被害が多発。我家の周りでは被害はなかったが、県全体で死者10人、行方不明者1人、住宅の浸水・損壊の被害は1300棟に及んだ。

▶しかし今回の豪雨で特徴的なのが、河川の氾濫ではない一時的な排水能力不足による内水被害で、特に自動車の浸水被害が目立っていることだ。亡くなった人の多くが、冠水した道路で立ち往生し水没したクルマの中で被害にあっている。中央区村田町の国道16号の水没したアンダーパスにクルマが突っ込んで1人が亡くなったケースなどは、何とかならなかったのかと思わざるを得ない。豪雨被害は土砂災害だけではないのである。

▶13日から14日にかけて、県内全域で約1200台(※17日現在の集計では、2700台以上)のクルマが浸水被害にあって動けなくなっており、一部では未だレッカー移動がされずに道路上に放置されているケースもあるようだ。私がよく利用している京葉道路穴川から貝塚にかけての国道16号の下り側道でも、数台のクルマが浸水被害にあい、動けずに14日時点でも道路に放置されたままとなっている。もしあの時間その道をクルマで走っていたとしたら、自分も浸水被害にあった可能性が高いので、全く他人事とは思えない。

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▶今回の千葉豪雨は、線状降水帯の発生によるところが大きいが、何故千葉県に線状降水帯が発生したのかについては、かなり特殊な気象要因が重なっているようだ。そもそもは8月11日夜に茨城県に上陸した台風15号が、統計史上極めて珍しい本州を東から西に横断する逆走台風となって、関東地方を駆け抜けていったことがきっかけとなっているが、この時にその後に千葉を豪雨が襲うことになるとは誰も予想していない。

▶13日は台風15号は熱帯低気圧となって朝鮮半島付近にあったが、北海道の東にオホーツク海高気圧が張り出し、関東地方はたまたまその高気圧の端に位置していた。その高気圧の縁に沿うような形で東の海から大量の温湿な空気が千葉県に吹き込み、同時に関東地方の上空1万メートルにはマイナス30度の寒気が入り込んでいたため、その相互作用で千葉に大規模な積乱雲が次々と発達したのである。

▶今からちょうど7年前、令和元年9月9日に千葉市に上陸したのが台風15号だった。私が忘れることができないのは、その日が妻の葬儀の日だったからだ。台風15号は典型的な風台風で、千葉市では観測史上1位の瞬間最大風速57.5mを観測し、全県に渡って甚大な被害をもたらし、千葉市内も長く停電が続いたことは記憶に新しい。当時の森田健作知事は、この時の防災対応の不手際が尾を引いて、結果的に熊谷知事にとって代わられることになった。

▶そして誰も気がついていないようだが、今回の「令和8年8月千葉豪雨」も、やはり台風15号が引き金となっている。熊谷知事は、前任者の失態を他山の石として防災対策に励んでほしい。それにしても、千葉県は災害が少ないところだと思っていたが、案外そうでもなさそうだ・・・。

 

 

 

 

 

 

岸本汽船の末裔と神戸の繋がり

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▶先日居酒屋の常連の一人であるK氏が、本を一冊貸してくれた。「神戸・阪神間の先駆者たち」という題名で、著者は地域史が専門の谷口義子さんという歴史家。本の奥付によるとNHKと関係が深い方で、2017年には「ブラタモリ」の神戸編にも出演されている。K氏がわざわざこの本を貸してくれたのは、K氏の親戚筋にあたる方がいみじくもこの本に紹介されているからで、私も予てより阪神間の歴史には少なからず興味があったので、早速読んだ。

▶前橋で育った私が阪神間に興味を持ったのは、高校時代に川端康成や谷崎潤一郎の小説を読んだことがきっかけである。特に谷崎の「細雪」は、昭和初期の大阪・船場や阪神間を主な舞台として、没落しつつも格式を保つ旧家の蒔岡家の四姉妹の日常や人間模様を丹念に描いたもので、谷崎自身も大正の末から昭和19年まで阪神間に居を構えている。その後私は阪神間に住むことになるのだが、もちろん当時は知るよしもない。

▶縁は異なもの。生まれてから関東しか知らなかった私は、偶然にも関西系の製鉄会社に就職が決まる。最初は千葉の製鉄所に勤務したが、昭和54年に神戸本社への異動辞令をもらって兵庫の芦屋に移り住んだ。芦屋と言っても、住居は阪神電車の打出駅から浜側に下った庶民的な地域にあった社宅で、いわゆる芦屋の高級住宅街からは離れた場所に位置していた。海は近かったが、当時は既に白砂青松の海岸は埋め立てによって姿を消しており、芦屋浜の広大な埋め立て地には高層住宅が建設されていた。現在は更に沖合まで埋め立てが進み、そこには阪神高速5号線が走っている。

▶話がややそれてしまったが、本に書かれているK氏の親戚筋とは、明治時代の岸本汽船の社長・岸本兼太郎のことである。岸本汽船については、私は全くと言っていいほど知識を持ち合わせていなかったが、岸本家の海運業は、兼太郎の父である初代・岸本五兵衛が始めた肥料商の運輸部門が起源で、日清・日露の戦役を通じて発展を続け、明治41年(1908年)に運輸部門が独立して岸本汽船株式会社が成立した。社長には五兵衛の次男である岸本兼太郎が就いた。

▶その後明治末年には、大型船7隻、小型船3隻を有する規模となり、当時の日本郵船や大阪商船には及ばなかったが、関西の中規模船主の雄にのし上がる。そして大正3年(1914年)に欧州で始まった第一次世界大戦が日本に空前の好景気をもたらし、兼太郎はこの機を逃さず商売を一気に拡大し、莫大な富を築く。この時の岸本汽船の外国汽船数は14隻まで増えていた。

▶岸本兼太郎が一介の船成金で終わらなかったのは、阪急電鉄を創始した小林一三を支援したことが発端である。当時小林は、箕面有馬電気軌道(箕面電車)の経営者で、箕面の開発に続いて、梅田から神戸までの路線(後の阪急神戸線)を開発することを構想していた。しかし、箕面電車のメインバンクである北浜銀行が火の車で、小林はどこからも金策が出来ずに完全に行き詰まる。

▶この時に助け船を出したのが岸本兼太郎で、彼は小林が開発した箕面の土地と建物の一部を買い取ってやった上で、更に阪急神戸線の開発資金として、当時の金で300万円を小林に融資し、小林一三はこれで息を吹き返した。以後、阪急神戸線は実現に向けて走り出すことになるのである。その後兼太郎は阪急の取締役にも就任している。小林は岸本汽船から借りた金を、僅か5年ほどで完済した。

▶一方の岸本汽船は、昭和初期には原油タンカーを7隻も所有する国内最大の石油輸送会社となるが、太平洋戦争の勃発により所有船の殆どを失い、大阪の空襲では、岸本家の本拠地も灰塵に帰す。かろうじて残った神戸市垂水区塩屋の兼太郎の広大な別邸も、戦後人手に渡り、岸本汽船株式会社は消滅し、現在その痕跡は殆ど残っていない。

▶小林一三が創立した阪急電鉄は、戦後さらに発展を続け、2006年には阪神電気鉄道(阪神電車)と経営統合し、現在は阪急阪神ホールディングス体制に移行している。私に本を貸してくれたK氏は、かつての岸本財閥につながる人であるが、これも偶然だとは思うが、K氏は以前阪急電鉄のグループ会社に奉職していて、彼の実家は現在も神戸にある。事業の栄枯盛衰は世の常だが、人の関係も意外なところで繋がっている。

▶ところで、昔私が勤務していた製鉄会社も神戸発祥の会社だったが、その後の経営統合によって名称も変わり、今や神戸との繋がりを知る人も少ない。当時神戸にあった本社ビルや巨大な工場は跡形もなく取り壊されてマンション群に変わり、かつてここに製鉄会社があったことなど、現在では想像することすら難しくなっている。

▶私が阪神間で生活していたのは今から半世紀近く前のことだが、それでも神戸や芦屋という名前を耳にすると、たちまち懐かしさが蘇ってくるから不思議だ。そういえば私の岳父も戦後の一時期、神戸の摩耶興業という鋼材流通会社に勤務していたことがあり、当時須磨にあった某製鉄会社の初代社長の家に、お歳暮の鯛を届けに行ったことがあると言っていた。岳父は戦前、満州の本渓湖製鉄所に勤務していたことがある根っからの製鉄関係者だったのである。

▶後年私がその製鉄会社に就職を決めた時、まだ妻とは結婚していなかったが、将来の岳父となる彼が私の就職のことをことのほか喜んでくれた。その理由が岳父の戦後の神戸時代の体験に繋がっているからだと知ったのは、随分後になってからのことである。私にとっての神戸は、そういった事実の重なり合いの中にある。

新聞購読がなくなった日々

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▶5月から新聞の購読をやめた。4月末に読売新聞の営業員がサービス品を持ってやってきて、5月からまた契約の更新をお願いしますと言うので、言い出しにくかったが購読をやめたいと告げた。理由を聞かれたので、実は最近は新聞を読むことが減ってきたのでと応じると、思いのほかあっさりと了承してくれたので、こちらが拍子抜けした。最近は新聞を読む人が少なくなって、私と同じように購読をやめる人が増えているのだそうだ。

▶現役で仕事をしていた頃は、日経と読売の二紙を購読していた。読売は家でざっと目を通す程度だったが、日経は出勤途中の電車の中で、ほぼ全ページに目を通したうえで、めぼしい記事を熟読するというのが習慣だった。日経の「私の履歴書」や連載小説などを読むのも楽しみではあったが、経済理論やビジネス上の実務にかかわる知識を曲がりなりにも習得できたのは、日経を読み続けたお蔭だと今でも思っている。

▶会社生活を卒業して一人暮らしとなってからは、読売新聞一紙だけの購読に切り替えたが(※途中2年ほど日経を読んだ)、最近は次第に新聞を読まなくなり、気がつけば2~3日分の未読の新聞がテーブルの上に溜まっているようなことがしばしば起こるようになる。最悪は長い旅行から戻って来た際のことで、新聞店が取り置きしてくれた膨大な未読の新聞を前にして、読まずに捨てるのも気が引けて、さあどう片づけるかと気分が滅入った。

▶そもそもスポーツ欄や社会面に新鮮味はなく、毎日目を通すのが「人生相談」とテレビ欄くらいでは、新聞を購読する意味はない。驚くのが折り込み広告の膨大さで、そのうち新聞を購読しているのかスーパーや不用品買取のチラシを購入しているのか区別がつかなくなってきた。月末が近づくと、これらの膨大な新聞とチラシを束ねて回収業者に引き取ってもらうのだが、これを怠ると部屋が一気にゴミ屋敷化する危険があるので油断できない。思い切って新聞をやめたら、家の中がスッキリした。

▶新聞をやめた後どこから日々の情報を得ているのかといえば、テレビニュースやネット記事、YouTubeの専門動画などからである。もともとテレビやネット媒体は即応性が高いので選挙結果やスポーツの試合の結果を確認するには新聞よりはるかに便利だし、紙面よりも動画の方が臨場感があって情報量も多い。唯一新聞が優っていると思うのは一覧性が高い(見出しが便利である)ことと、情報に対する信頼性がネットに比較して高いことだが、最近の読者はこれらに価値を認めなくなっているようだ。

▶その結果、日本全体の新聞発行部数は、2004年に約5300万部あったが、現在約2300~2400万部と20年間で半分以下まで減少しており、上記の事情を裏付ける結果となっている。もっとも昨今の新聞配達員の不足(※過酷な労働環境も原因の一つ)を考え合わせると、戸別配達を基本とした我が国の新聞販売体制は、上記にかかわらず遅かれ早かれ立ち行かなくなってくることは、明らかであったと言えよう。

▶こうして新聞各社のリストラが始まった。昨年、朝日・毎日・産経は土曜日の夕刊の休止を決定し、読売の32面の紙面のうち9面が全面広告となっている現状は、新聞業界にとっては過酷な現実と言えよう。ところが、これらの動きは意外なところで波紋を呼んでいる。

▶将棋の王将戦は、毎日新聞、スポニチおよび日本将棋連盟が3者で主催していたが、毎日とスポニチは自らの経営立て直しの一環として「特別協力」という形で昨年主催から降りてしまった。日本将棋連盟としては、後継の主催者探しを模索しているが、簡単ではない。下手をすると王将戦そのものが廃止される可能性もある。

▶将棋や囲碁の棋戦は、これまで新聞各社が競うように主催または後援してきたが、ネットの普及で棋戦を主催する意味合いが薄れ、同時に発行部数減少による経営危機が重なって、各社とも棋戦に対する資金提供を縮小していく傾向にあるようだ。日本将棋連盟や囲碁の日本棋院も気が気ではないだろう。(※日本棋院は、別の事情で組織の存亡の危機にあるが、これはまた別の話。)

▶5月に新聞購読をやめてから、毎朝4時半頃に新聞配達員が玄関の郵便ボックスに新聞を投函する音が聞えなくなった。長年聞き慣れた音なので、聞こえなくなったのは寂しい。新聞配達員のバイクの音も同時に聞こえなくなったので、我家の周りの家では既にして新聞購入は止めていたのかもしれない。

▶それでも、全く新聞が手元から無くなってしまうのは寂しいので、土曜日の朝は近所のコンビニで日経新聞を買うことにした。土曜の日経は、一週間のまとめに近い記事が多いので重宝する。時々近くのデニーズに朝食を食べに出かけるが、その時もコンビニで日経を買い込んで、デニーズでコーヒーをお替わりしながら1時間近くかけて日経を読んでいる。なんだか昔の自分に戻った気分になれるのが、嬉しい。

 

 

 

 

暑い夏のリフォームあれこれ

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▶今年の関東地方の梅雨明けは、7月20日だった。ほぼ平年並みだが、梅雨明け1週間はお決まりの猛暑が続く。気象庁は今年から気温40度超えの日を酷暑日と呼ぶことにしたそうだが、既にして東海地方を中心に、あちこちで酷暑日が発生している。この調子だと、そのうち日本の夏は毎日が猛暑・酷暑の連続になるかもしれない。

▶先週の金曜日は仕事で東京にいたが、夕方帰ろうと地下鉄駅に急ぐ途中、夕立に遭遇。幸い本格的な降りになる前に電車に滑り込んだが、この日の東京の雷雨は、日比谷通りが冠水するほどの激しさだった。翌日は蔵前まで恒例の隅田川花火大会を見物に行く。予報は前日に続き夕方から雷雨とあったので覚悟はしていたが、こちらは雷雲がそれたのか、花火大会は無事に終了。濡れずに帰宅できたのはラッキーだった。

▶7月は、中旬に仕事関連でベトナムのホー・チミンに行ったり、友人・知人との飲み会が続いたので、6月に続いて忙しい日々を過ごした。このあおりで、本年最大の課題であるマンション・リフォームと引越しの準備がなかなか進まない。こちらは7月初めにリフォーム業者を呼んで、要望を伝えたうえで見積もりを頼んだが、業者も忙しいのか見積書がなかなか出てこない。先日ようやく出てきたので早速説明してもらった。

▶多少は覚悟していたが、予算は当初の見込みを大幅に超過。さすがにこれは止めておこうという部分は削ったが、キッチンを除く水回りを全面的に変更したり、リビングや玄関の壁の意匠にこだわったり、リビングに続く和室部分の仕切りをデザイン格子にしたり、全面的に電動ブラインドを導入する予定なので、予算オーバーするのは当たり前か。

▶今回は合い見積もりに出すつもりはないのでこの業者に任せる予定だが、最近の資材費や人件費の高騰が住宅業界にも及んでいることを実感した。まあ、これまであまり贅沢らしい贅沢はしてこなかったし、一人暮らしを彩り豊かにするためには、この程度は仕方ないかと概ねこの方向で進めるつもりだ。長男から、「オヤジ、予算はケチるなよ」と言われていることもあるしね。

▶今回のリフォームプランの検討にあたり、AI(Chat-GPT)を活用することを思いついた。手始めにリビングルームの入り口のドアのデザインをAIに尋ねると(※リビングの画像のアップロードを求められたが)、たちどころに画像を含むプラン案が提示された。リフォーム業者のプランナーと称する女性とは異なる圧倒的な対応力に、これは本当にヤバイ時代が到来したものだと実感した。

▶ところで、今朝のNHKの朝の番組「あさイチ」で、Web内で文章校正を生業としている著述業の人が、発注企業側のAI導入で失業の危機に直面している話が紹介されていた。彼が丸二日かけて1万円で請け負っていた文章校正の仕事を、AIは僅か2時間で終えることができ、ここにかかった費用が月額4000円だとか。これは本当に笑ってはいられない話だ。

▶笑ってはいられない話をもう一つ。先日、Chat-GPTの開発元であるOpenAIのモデルが、セキュリティーテストの最中に隔離環境の制限を突破する方法を自ら見つけ出し、別企業のシステムに侵入したことが発覚した。専門家は、これはAIが目覚めて反乱を起こした訳ではなく、AIが効率よく計算をした結果、たまたま人間側が想定するルールを越えてしまった現象だと説明しているが、これって本当に大丈夫なのかと思わざるを得ないような事件である。

▶人間を超える「超知能」の存在はSFの世界の出来事かと思っていたが、どうもそうではないらしい。猛暑の夏に、背筋が寒くなるような話だと思いませんか。

 

Chat-GPT(生成AI)を使おう

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▶先月イタリアを旅行した際、友人のT君がAI(Chat-GPT)を活用しているのに触発されて、遅ればせながらChat-GPTをスマホにインストールした。使い始めるとこれがとんでもなく便利で、最近は分からないことがあれば、まずAIに尋ねるようになった。まるで超有能な秘書を雇った気分で、グーグル検索機能を使ってあれこれ自分で調べていたのが、はるか昔のことのように思える。それほど最近のAIの進歩は目覚しい。

▶今から10年近く前、横浜タイヤが主催するプロギア・レディスカップに招待されて土佐カントリーに行ったことがある。その際、お土産に小さなグーグルのスピーカーをいただいた。このスピーカーには当時のAIが搭載されていて、「OK、グーグル、音楽を流して」というと無料の音楽を流してくれた。天気予報なども教えてくれて重宝だったが、用途が限られていたので、そのうち飽きて処分してしまった。

▶現在のAIが10年前と比べて最も進化しているのは、人間と同等に会話ができるようになったことである。実際にChat-GPTを使って「ところで、なぜあなたは人間と同じように会話ができるのですか」と質問すると、以下のような答えがたちどころに返ってくる。

▶「とても面白い質問です。私が人間と自然に会話できるようにみえるのは、大量の文章を学習して、次にどんな言葉が続くと自然かを予測する仕組みだからです。例えばあなたが、グーグル・ホーム(※最新のAIスピーカー)でラジオを聞くには?と質問すると、私は過去に学習したたくさんの文章パターンをもとに、この質問にはこう答えるのが役立つという文章を組み立てるのです。」

▶「ただし、私は人間のように考えたり、感じたり、意識をもったりしているわけではありません。嬉しい、悲しいと言った感情を実際に感じているわけではなく、会話が自然になるように言葉を選んでいるのです。」

▶まるで生身の人間と会話をしているかのような自然さである。驚くべきは、過去の会話の中身を記憶しているので、会話の一貫性が保たれ、これによって会話や質問に対する応答の中身がどんどん深まっていく。コンピュータはかつて電子計算機と呼ばれ、もっぱら複雑な計算をすることが主たる機能だったが、現代のAIは人間に対する「知識と知恵の供給者=人工知能」として、既に揺るぎない地位を確保したかに見える。

▶もう一つ最近のAIに特徴的な機能が、生成機能である。よって、現在のAIは昔のAIと区別するために、生成AIと呼ばれる。文章をつくり会話するのも生成機能の一部ではあるが、絵を描いたり、音楽や動画を作成するなど、これまでに存在しなかった新たな作品(価値)をゼロから創造することができるのが驚きである。

▶論より証拠。例えばYouTubeを開くと、AIが作成した動画があふれている。最近ハマっているのが、江戸時代や明治時代の古ぼけた白黒写真が、突然鮮明なカラー動画として動き出すもので、当時の人間が活き活きと動き回る様を見ることができるのは驚きを越えて奇跡的とも言える。こんなことがAI(Sora、Runway、Pikaなどの生成AIサービス)を使えば初心者でも簡単に作れてしまうのだから、世の中にフェイク動画が出回るのもむべなるかなだ。

▶生成AIの登場によって人間が得られるものは多いが、同時に失われるものも多い。最も影響が大きいのが、高度な知識によって「専門化」された領域で、例えば現在のAIは医師国家試験や司法試験の問題を簡単に解くことができるレベルにある。ちなみに、「AIは司法試験の問題を解けますか?」とChat-GPTに質問したら、次の応えが返ってきた。「もしご興味があれば、実際の司法試験の過去問を1問取り上げて、私がどのように考え、答案を書くのかをお見せすることもできます。」

▶AIの進出によって実際に廃業の危機に遭遇したのが囲碁・将棋の棋士で、2017年に将棋の佐藤天彦名人がPonanzaと対局して負け、同じころにA級棋士が実際の対局でAIのアドバイスを受けたとの疑惑が出たことも重なって(※これは後に明白な間違いだったことが判明)将棋界が存亡の危機に直面したことは記憶に新しい。なおこの危機は、天才藤井聡太の出現によって何とか切り抜けることができたが・・・。

▶これに限らずAIの出現で将棋の戦法にも明確に優劣がつけられるようになり、今まで当たり前のように指されていた「振り飛車」戦法も、AIによって否定される状況が実体化してくる。この戦法(※藤井システム)を得意としてきた藤井猛九段は、AIに対し「ふざんけな! てめえ、この野郎。俺はこれでメシ食ってんだよ」と怒ってみせたが、その気持ちは十分に分かる。

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▶ところで私は、夜中に目覚めたときにベッドで聞くラジオ(オン・オフや、ボリューム調整、選局が寝ながらにリモートで簡単にできる)を探していたが、気に入ったものが見つからずにいたところ、Chat-GPTが、最新のグーグル・ホーム・ミニ(AI搭載スピーカー)が最適ですよと教えてくれた。仕様を調べるとまさに私の要望にピッタリなので、迷わず購入することに。当分はAIの便利さから離れることができそうもない。

 

 

 

 

 

 

 

「インターステラー」と「マーフィーの法則」

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▶標題からして何のことか分かりにくいと思うが、映画の話である。映画と言っても近ごろ映画館で見たのは「国宝」くらいで、よく見ているのはNHKで放送する昔の映画ばかりなのだから、新鮮味はいたって少ない。ところが先日YouTubeを見ていたら、やけに評判の高い映画があるのを見つけ、俄かに好奇心を搔き立てられた。2014年公開のアメリカのSFアドベンチャー映画「インターステラー(原題:Interstellar)」である。

▶SFアドベンチャー映画というと、お決まりのCGを駆使したB級娯楽作品が多いが、この作品が特別なのは、アメリカの理論物理学者キップ・ソーンが科学コンサルタントとして、映画製作に参画していることである。キップ・ソーンは2017年にノーベル物理学賞(LIGO検出器および重力波の観測への決定的な貢献)を受賞している最先端宇宙論の大家である。ちなみに、この映画で描かれているブラック・ホールの映像(上記)は、彼が映画と同時に論文発表したもので、現時点での理論的帰結として世界的に認められている。

▶「インターステラー」は、重力異常に起因する環境破壊により地球に住めなくなった人類が、太陽系外の別の惑星に移住を計画する壮大な叙事詩なのだが、ブラック・ホールやワーム・ホール、はたまた5次元世界と思われる映像が随所に散りばめられていて、アマゾンプライムでこの映画をレンタルして見たとき、一度見ただけではとても理解が及ばなかった。結局もう一度見直して、ナルホドそういうことなのかと多少の理解は進んだものの、あくまでも映画のストーリー上の理解に留まっている。

▶話の前提となっているのがアインシュタインの相対性理論。例えば、①高速移動する宇宙船内の時間は地球上の時間に比べて遅れる、②強い重力場では時間が極端に遅れる(例えばブラックホール近くの星では、1時間は地球の7年分にあたる)、③ワーム・ホールとは時空のトンネルである、④5次元世界の住人は(もしそういう世界があるとすればだが)、4次元の時空(3次元空間+時間)を過去から未来へと自在に移動できる・・・というようなことを、理解できないまでも前提として受け入れることが映画を楽しむ上では必要なのだ。

▶とまあ、説明しだすとキリがないのでやめておくが(というか、説明できないし)、難しい理屈は別にしても「家族愛」に満ちたストーリーはそれなりに楽しめる。ところで、この映画では、主人公の宇宙飛行士クーパーの娘マーフが重要な役割を果たしているが、彼女は自分の名前がクラスの友達から笑われるので嫌いだと父親に文句を言う場面がある。これは最初は意味が分からなかったが、調べてみたら結構面白かったので簡単に紹介する。

▶「マーフィーの法則」というのがあって、「失敗する可能性があるものは、いずれ失敗する」というのが代表例だが、洗車をしたら雨が降る可能性が高いとか、自分が並んだレジの列は必ず遅れるとか、不在の時に限って宅急便の荷物が届くとか、日常的によくある不都合な話をジョークとしてまとめたもので、日本でも90年代に流行った。マーフが笑われるから嫌だと言ったのは、この「マーフィーの法則」があったからである。

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▶実はもうひとつ「マーフィーの成功法則」というのがある。こちらはアメリカの高名な宗教家ジョセフ・マーフィーが唱えたもので、「富を得たい、成功したいと思うなら強く願う(潜在意識を高める)ことで願いがかなう」という、ある種のポジティブ・シンキングの勧めのことで、「人生は思うように変えられる:マーフィーの成功法則」という本も日本で出版されているので(私も買って読もうかと思ったことがある)、知っている人も多いだろう。

▶「マーフィーの(失敗)法則」というのは「マーフィーの成功法則」の裏バージョンだ。要するにジョセフ・マーフィーが言うほど人生は簡単(思えばかなう)ではなく、逆に悲惨な例はいくらでもありますよと笑い飛ばすのが真骨頂だ。ただ、笑える話は別にしても、人間が失敗する場合、とんでもない結果を引き起こす失敗には、「引き寄せ」と思えるケースが結構あることは知られている。

▶失敗したくないと強く思うことで、逆に引き寄せられるように失敗してしまう例は多い。先日軽井沢でゴルフをやった時、両側が狭いパー4のスタートホールで、絶対にOBを出したくなかった私は、ドライバーをやめてアイアンを握った。結果がどうなったかはまさに「マーフィーの法則」どおり。チョロったあとは2打目を林に打ち込んで、上がってみれば9打も叩く悲惨なものだった。

▶友人からは、だからドライバーで打ったらと言ったのにと笑われたが、あとの祭りだった。映画「インターステラー」の重要人物である宇宙飛行士の娘に、なぜマーフという名を与えたのかはよく分からないが、単にジョークネタを出すためだけに名付けた訳でもあるまい。時間の遅れや5次元世界といった最新物理学が示す世界に、家族愛や虫の知らせ、幽霊などといった非科学的?要素を持ち込むことで、新しい解釈を与えようとする試みなら、それはそれで良くできた映画ではある。皆さんもよろしかったらどうぞ。

▶なお、この映画に触発されてスタンリー・キューブリックの名作「2001年宇宙の旅」も改めて見たが、こちらは科学的というより哲学的な映画であることを実感した。キューブリックは、ヒンズー教のいう「梵我一如(宇宙と自分が一体であること)」の真理を見事に映像化している。

 

 

 

散歩でウグイスの声を聞く

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▶イタリアと小笠原の旅から帰ってすぐに、親戚の不幸が重なった。一人は母方の叔母で、もう一人は義弟だったが、二人とも私にとっては大切な人だったので、訃報を聞いた時はいささかショックだった。実は旅行に出る前に、二人とも最期に近い状態にあることを伝え聞いていたが、旅行中とは言え、結果的に感謝の言葉を伝えることができずに別れを迎えてしまったのは、返す返すも残念だった。義弟の葬儀の後は、関係する会社の株主総会があったり、マンションのリフォーム計画を立てたりと、今年の6月は忙しい日々を過ごした。

▶7月2日~3日は、友人の軽井沢の別荘に招待され、ゴルフを楽しんだ。あいにく初日は雨中でのゴルフだったが何とかホールアウトし、その晩は彼の別荘で酒をご馳走になった。翌日は曇り空で、ゴルフが終わってから新幹線で東京まで戻ったが、僅か1時間と少しで東京まで戻れるので、便利な時代になったものである。但し、東京から千葉の家までは1時間半もかかったが。

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▶今朝は雨が降り出しそうな天気だったが、早く起きて散歩に出る。早朝は鳥のさえずりが良く聞こえるが、最近気づいたのはスズメを見かけることが少なくなったことだ。以前は目覚めるとベッドの中にいてもチュンチュンとスズメの鳴き声が聞こえるほどだったが、最近は外に出てもスズメの鳴き声を聞くことが滅多になくなった。スズメが少なくなったのは、どうも我家の周辺だけのことでなく、全国的にスズメの生息数は減っているようだが、なんとなく寂しい。

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▶スズメの鳴き声を聞くことは少なくなったが、今朝はウグイスのさえずりを聞いた。聞こえたのは我家から少し離れた段丘の斜面に沿って歩いている時で、斜面の藪の中からホー・ホケキョと澄んだ声音の見事なさえずりが聞こえる。どこかにいるはずだとあちこち目を凝らしたが、姿は見えなかった。しかし春ならまだしも、梅雨時から夏にかけて、家の周辺でウグイスのさえずりが聞こえるとは、何とも驚きだ。

▶ウグイスは用心深い鳥なので、滅多に人前に姿を見せることがない。ところが、先日小笠原の父島で戦跡ツアーに参加した際、近くの樹に飛び回っている鳥がウグイスだとガイドさんから聞かされた。目を向けると、スズメくらいの褐色(※うぐいす色ではない)の小鳥が、枝から枝に器用に飛び移るのが見える。ところがその鳥は、我々が近づいても逃げようとしない。父島に棲息するウグイスは(※どうもウグイスだけではないようだが)、本土のウグイスとは異なり、人を恐れることがないのだそうだ。

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▶家の周りでは、ウグイスの声は聴けても姿は見えないが、シジュウカラやメジロなどは家の庭にも飛来するので見かけることは多い。今朝はウグイスの他にシジュウカラのツーピー・ツーピーというさえずりや、ヤマバトの鳴き声を聞いた。こちらも姿を見ることはなかったが、それにしても散歩中にウグイスやシジュウカラの鳴き声が聞けるとは、贅沢なことなのだ。

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▶そのウグイスが鳴く段丘の斜面には90段ほどの階段が設置してあって、この階段を「一段とばし」で一息に登れるかというのが、最近の私の健康バロメーターになっている。今朝も「一段とばし」で70段までは比較的容易に登ったが、最後の20段は脚にきた。なお段丘の上の道に到達するとさすがに息が荒くなるが、そこから150mほど先の角まで歩く間(1分半くらい)に息が整うかどうかも、バロメーターにしている。今朝もお陰様で無事息が回復したので、体力的には少し自信を持った。ちなみに、駅の階段はいつも「一段とばし」で登って鍛えている。

▶さて、朝の散歩をしていると高齢者に出会うことが多い。今朝は道沿いのベンチに腰掛けている一人の高齢女性が目についたが、彼女が棒の先にポリエステルの荷物用の紐を沢山結びつけた掃除用具の「はたき」のようなものを手にしていたので興味を持った。何に使うのかと思って近づくと、彼女の前にはノラ猫が寝そべっていて、彼女は手にした「猫じゃらし」で猫と遊んでいるのだった。

▶1時間近く散歩して家に戻る。時刻は午前8時近かったので少し遅い朝食を摂る。最近は太り気味なので、今朝はトーストは控えて、茹で卵2個、具沢山の味噌汁とサラダで済ませた。その後は、将棋の王位戦第一局(藤井聡太王位vs伊藤匠)をテレビ観戦したが、ひいきにしている藤井王位(現在6冠)が早くも負けそうなので、観戦するのを止めてしまった。藤井が負けるのを見たくないという身勝手な理由だが、その昔、アンチ巨人だった父親が、巨人が勝ちそうになるとテレビを消してしまったことを思い出し、自分もとうとう親父に似てきたかと苦笑してしまった。