マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

NHK杯将棋トーナメントを見る



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▶趣味と云うほどでもないが、将棋が好きである。将棋は好きだが、相手と指すことは殆どない。唯一の例外として、たまに家に来る小学1年の孫をつかまえて将棋の指し方を教えているのだが、まあこれは将棋を指しているというにはあたらないだろう。よってもっぱらの楽しみは、毎週日曜日にテレビ中継されるNHK杯将棋トーナメントを観戦することなのだが、こういう人を最近では「観る将」というらしい。

▶将棋を覚えたのは小学校1年の時で、駒の動かし方を父親から教えてもらったのが最初である。その後は誰に教わったという記憶もないが、小学校高学年になると父親を含め近所の大人や親戚の叔父さんを縁台将棋で負かすようになった。中学校に入ると将棋の好きな子が結構いたので、その子らと将棋を指すうちに興味が深まり、自分の小遣いで詰将棋や「次の一手」といった手筋の本を買って読むようになった。定跡を覚えたのもこの頃だったような気がする。

▶高校1年の時だったか、私が将棋に興味があるということを知っていた親友が、実は自分の父親が相当強いので、一度対局してみてはどうかと誘ってくれたことがある。そこで或る晩その方と将棋を指すことになり、盤をはさんで向かい合った。こちらはそれなりに自信はあったのだが、指し出してものの5分も経たないうちに、私にとっては全く未知の戦法に持ち込まれ、すぐにこの父親の実力が並みでないことが分かった。あとはもうやられ放題で、私の棋力が高いという前評判?は、ものの見事に崩れさり、私は礼を言うのも忘れるほどに大恥をかいて家に戻った。

▶聞けばこの方は正式なアマ2段の強豪で、さすれば私の当時の棋力はアマ2~3級程度であったか、いずれにせよ、その程度の開きがあり、我が身の実力のほどが身に染みて分かった次第。その後はこれに発奮して将棋の勉強に精進して・・・という具合には全くならず今に至っているので、将棋に関しては、まあ所詮その程度である。その程度であるが、他人の将棋を観戦する分には、説明をされれば読み筋や勘所は理解できるので、「観る将」としては、子供の頃に将棋を指した経験が現在のヒマつぶしに大いに役立っている。

▶ところで現在、将棋と言えば藤井聡太四冠(竜王、王位、叡王棋聖)である。彼は中学生(14歳)で史上最年少プロ棋士となり、最初の対局でかつて神武以来の天才と言われた加藤一二三九段を破った。その後は29連勝を重ねて世間の度肝を抜き、現在は弱冠19歳にして将棋界の八つあるタイトルのうち四つを保持する天才である。現在は五つ目のタイトルである王将戦渡辺明三冠(名人、王将、棋王)を相手に3連勝をあげ、タイトル奪取にあと一勝と迫っているというので、将棋ファンはもとより、将棋を知らない人の中でも、その人気はうなぎのぼりである。

▶ある業界にスーパースターが登場すると、業界全てが活性化するのは野球の大谷選手やゴルフの松山選手を見るまでもなく明らかである。将棋界も事情は同じであるが、藤井聡太が業界の救世主となりうるという意味では、この業界なりの事情もある。実は10年ほど前から囲碁や将棋の世界にもAIソフトが入ってきて、2017年に将棋界では当時の佐藤天彦名人がAIソフトに敗れるというあってはならない事件が起きてしまった。この意味するところは深刻で、人間の頭脳と頭脳の究極の戦いであるところの将棋の魅力が、AIの登場で大幅に減殺されてしまいかねない状況に直面した。その意味では、将棋界は未曾有の衰退の危機に見舞われていたのだ。

藤井聡太少年は、まさにそのような時に登場したのである。彼がプロになって以来、トップ棋士を相手に8割以上の勝率を上げ続けているということもさることながら、彼の指す手には、時としてAIソフトが指し示す最適手から逸脱したものがあるから面白い。しかも、AIが改めて計算しなおしてみると、6億手読んだ先に彼が実際に指した手が最適手として出てきたりして「AI超えの一手」と言われたりするものだから、それが人間の潜在能力に対するロマンを掻き立てるのではないかと思う。

▶こうして彼の華々しい活躍が、離れかかっていた将棋ファンの心をガッチリとつなぎとめただけでなく、まちがいなく新たな「観る将」を開拓した。昔の将棋観戦は、どちらが局面をリードしているかは、人間(プロ棋士)の判断に依存していたので、素人観戦者は局面を見ているだけでは形勢が分からないということが多かった。しかし、現代の将棋は、テレビ画面にAIの評価値が一手ごとに表示されので、「観る将」にとっては分かりやすいというメリットがあり、それが底辺の拡大につながっていると思われる。こうした動きは、新たなスポンサーの出現といった形で、将棋業界にも大きな実利をもたらしつつあるから、日本将棋連盟にとっても藤井聡太様々ではないだろうか。

▶現代の将棋は、それ以前の将棋とは大きく異なる。パソコンやAIソフトの無かった時代の将棋は、定跡の変化形や新手の研究は、全て棋士が自分の頭で考えださなければならなかったし、そのためには事前に膨大な棋譜情報を自分の頭に覚え込ませる必要があったから、必然的に場数を踏んだ経験の長さがものをいう世界であった。従ってプロになりたての四段や五段の棋士が、高段者に勝つのは実際のところ容易ではなかった。

▶ところが、パソコンの導入で先輩方の実戦棋譜を並べるのが格段に容易になり、次いでAIソフトが導入されると、局面における最善手や新手の候補手をソフトが勝手に教えてくれるようになったため、経験年数の少ない若手のハンデが解消されたのみならず、こうしたソフトに精通する若手のアドバンテージが格段に上昇してきたのだ。また、終盤の戦いに入るまでの序中盤で、どれだけ形勢をリードできるかということが致命的に大事になってきている点も、現代将棋を特徴づけるものになってきているといえようか。

▶ところで、藤井聡太四冠を語る際に忘れてならないのは、1996年に七冠制覇を成し遂げ、現在タイトル獲得数99期という棋界の絶対的レジェンド羽生善治九段(51歳)である。その羽生九段は、今期の順位戦(名人挑戦権を争う将棋界の再重要リーグ戦)で大きく負け越し、最高クラスであるA級から陥落することが確定的となった。羽生九段の年齢的衰えと、時代の変化を感じざるを得ない。

▶羽生九段に対して私が印象深いのは1988年度のNHK杯戦である。この時は、羽生九段は弱冠17歳の五段であったが、なんと、大山康晴永世名人加藤一二三八段、谷川浩司元名人、中原誠現役名人と名人経験者たちをバタバタと破って、あれよあれよという間に優勝してしまった。30年以上も前のことで今では全く昔話なのだが、その羽生九段は今期の1月23日のNHK杯戦で新鋭の斎藤明日斗五段を161手の死闘で下したと思ったら、先週は再び新鋭・強豪の出口若武五段を僅か65手で投了に追い込んだのだ。羽生さん、まだまだいけるぜ! それにしても、羽生九段は偉大である。