マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

西洋美術を始めました


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▶家にいて暇な時はなどと言うと、引退生活なのだから時間は沢山あって、そもそもヒマでしょうと思われる方が多いかもしれない。しかし一人暮らしの場合、黙っていても食事が目の前に出てくる身分ではないし、暮らしを成り立たせる為にはそれなりの家事はしなければならないので、朝起きてから何もせずにゴロゴロしている余裕は必ずしもない。とは言え、朝食の片づけを終えて一通りの家事を済ませれば、その日に出かける用事がない限り、私にも自由な時間が訪れる。

▶この自由な時間というのがクセもので、まったくやることがなくて時間だけがたっぷりあるという状況は、退屈すぎて苦痛以外の何ものでもないが、私の場合、お蔭様で好きな本を読んだり、興味のあるYouTubeチャンネルを視聴したり、居間でエクササイズをしたりするので、時間はひとりでにつぶれていく。加えて定期的にこのブログを書くという仕事?もありますしね・・・。

▶ただし、充実した時間を過ごそうと思ったら、好きなもの、興味のあるものを見つけ出すということが決定的に重要になる。そこで引退してからの自分の興味の変遷を辿ってみると、最初はシルクロードだった。次いで仏教と仏像の成立と変遷、ユダヤ教キリスト教などの宗教、そして古代ローマ帝国となる。コロナ禍が明けた昨年からはそれらの実地検証も兼ねて、パリやローマ、ナポリの美術館・博物館を巡った。この旅行はそれなりに充実したものだったが、今になって考えるとパリとローマの半分しか見ていなかったことに最近気がついたのである。

▶もともと私の興味が古代に偏っていたという事情もあるが、中世からルネサンス以降の西洋美術に対する歴史的理解がお粗末だったため、美術館に行っても、残念ながら見たものをそのまま記憶にとどめるという以上の理解に進むことはなかった。そもそもゴシックもバロックロココの区別も分からないのだからどうしようもない。さすがに古代ギリシャ・ローマを理想とするルネサンス期のダ・ビンチやミケランジェロくらいは知っていたが、それがそれ以降の絵画や彫刻とどう違うのかはとうてい分からなかった。

▶一方、19世紀のパリの印象派が中心のオルセー美術館は、マネ、モネ、ルノワールゴッホゴーギャンを対象とするなど画家が限られているうえに、それ以前の絵画様式と比べて特性の違いが際立っているので、日本人の私にも理解しやすかった。ただ展示対象範囲が極めて広いルーブル美術館の絵画や彫刻となると、理解度は相当低いと言わざるを得ない。美術に明るい友人と話していて、何気なくフェルメールがオルセーにはなかったと言ったところ、それはルーブルの間違いだろうと指摘され、あとになって恥ずかしい思いをした。

▶ということで最近は西洋美術を勉強している。手っ取り早いところで、最近出版されたばかりの中公新書の宮下規久朗「バロック美術」を買って読んだが、これが面白い。本の帯には「西洋文化の頂点、バロック様式。17世紀を中心に花開いたバロックの建築・彫刻・絵画は、ルネサンス期の端正で調和のとれた古典主義に対し、豪華絢爛で躍動感あふれる表現を特徴とする・・・(以下略)」と書いてある。

▶なるほどそういうことだったのか、私がローマのボルゲーゼ美術館で見て驚いたベルニーニの超絶技巧の彫刻とバチカンミケランジェロの傑作ピエタ像の違いはそうだったのか。絵画にしても、ルネサンス期のダ・ビンチやラファエロに対して、17世紀のカラヴァッジョ、レンブラントルーベンス、ベラスケスが目指したものがいかに違うのかが、目からウロコが落ちるように納得できる。
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▶これが面白かったので、次に講談社学術文庫高階秀爾バロックの光と闇」を読んだ。こちらも西洋美術の頂点とされるバロック美術が、それと対極的な位置にある古典主義とどう異なり、それが19世紀以降現代にいたるまで、どのように受け継がれてきているのかを素人にも分かり易く説明してくれている。ただ、図版が白黒なのが残念。

▶このブログで内容の詳細を説明するのははなはだ困難だが、まず西洋美術の基本が古典主義とそれを超越しようとする様々な美術様式のせめぎあいとして成立しているということを認識する必要がある。人々が理想形とした古典主義とは、古くはギリシャ・ローマに起源を有し、15世紀のルネサンス期や、19世紀の新古典主義などに現れる様式で、一言でいえば幾何学的に調和がとれていて、様式が整っており、安定的で、対象に絶対的明瞭性があるのが特徴。ダ・ビンチやラファエロが典型である。
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バロック様式は、宗教改革をきっかけとして、カトリック教会が美術をもって一般人に強力に布教を勧めるための方策の一つとして生まれ、その後は絶対王政の宮廷やオランダなどの市民階層に広まった。動きが複雑かつダイナミックで、明暗表現が劇的である。調和や安定よりも感動や分かり易さを優先していおり、超絶技巧によって古典主義を凌駕する説得性の確保に成功している。一言でいえばハリウッドの大作映画の一場面を切り取ったような演劇的な表現様式となっているのが特徴だ。したがって、バロック的なものは現代でも影響を有しているといってもいい。


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▶ちなみにゴシックとは、12世紀から15世紀にかけて中部ヨーロッパに広まった高い尖塔とステンドグラスを有する教会建築の様式を呼ぶことが一般的だが、もともとはゴート的といいう意味で、ゴートとはゴート人(ゲルマン人)という意味でもあるから、最初のうちはイタリアなどから見ると野蛮な訳の分からない様式というようなものとして理解されていたようだ。確かに、パリのノートルダム寺院などは、外部の装飾過剰で訳が分からないほどだ。

ロココは、バロック様式のあとに現れた18世紀の爛熟したフランスなどの宮廷文化の中で花開いた様式だが、装飾的かつ官能的で、ある意味バロックの変化形といえなくもない。その後フランスでは新古典派が復活し、さらには印象派が盛んになるが、印象派もある意味では(反古典的という意味で)バロック的な性格のつよい様式かもしれない。以上は今回知ったことである。

バロックの語源は、ゆがんだ真珠(バロッコ)というのが定説となっているとおり、当初は否定的な意味が強いものだった。先にも言ったように、ゴシックも否定的な表現で、そういう意味ではロココもロカイユ(岩の意味)を語源にもつので、決してプラスのイメージはない。そう言えば、印象派も、何を描いているのかわからない、単なる印象を絵筆に乗せている不完全な絵画だと酷評されたのが最初だから、西洋の美術様式も、それが出現した当時はマイナスなイメージが先行していたものが多かったようだ。