▶昨年の6月から、月に一度、NHK文化センター主催の「シルクロード物語」という講座に通い始めた。この講座の初講は一昨年のことのようなので、私は途中から参加したことになる。内容は、東洋文庫の「法顕伝・宋雲行紀」(長沢和俊 訳注)を参考にしながら、5世紀前半(西暦399年~412年)の足掛け13年間にわたる中国僧「法顕」の、シルクロードからインド(天竺)・セイロンにわたる仏教求法の旅を振り返るというものである。講師の先生は、「NHKシルクロード特集(昭和55年放送)」の取材班団長であった中村清次氏で、この講座に出会ったことは、私(の人生)にとっては極めて意義深いものとなった。
▶「NHKシルクロード特集」は、昭和55年に放送された日中共同制作番組で、これをきっかけとしてシルクロード・ブームという現象が起きたことは広く知られている。当時結婚したばかりの私も、この番組を見てシルクロードの虜になった。砂漠を行くラクダの姿と、番組の主題の一つとも言うべき仏教伝来に対する文化的興味が、まだ若かった私の心を強く刺激した。が、なんと言っても石坂浩二のナレーションと喜多郎の音楽が秀逸で、これは今でも聞くたびに心が豊かに広がっていくのを感じる。それに、中国の西域に住む青い目をした異国情緒あふれる人々(※多くはトルコ系で、中国の人からは胡人と呼ばれる)にも興味があった。
▶ところで、この番組(デジタル・リマスター版)が一昨年8月に、NHKBSで12回シリーズで放送されたことは、私にとって二重の意味で記憶に深く刻まれている。この時、私の妻はガン闘病の最終段階にあり、自宅の居間に介護ベッドを入れて、私がつききりで看病したが、その時まさにこの番組が放送されたのだ。毎夕刻、私は妻と共に録画しながら(※それは、どうしても残して置きたかった・・)この番組を見た。シルクロードを通じた仏教の伝来と、それによってもたらされた敦煌の仏像や壁画に見られる悠久なる時間の流れ、そしてこれから妻が一人で辿るかもしれぬ西方浄土への旅が、渾然一体となって重なりあうように感じられたし、なによりも番組を見ている瞬間は、一時ではあれ、過酷な状況を忘れることができたという意味で、私には貴重であった。
▶話を元に戻す。私が世界史で習った時のシルクロードとは、既に述べた情緒あふれる「シルクロード」ではなく、まさに「絹の道」と称するユーラシア大陸を横断する交易路の総称としてあった。この道は、東アジア(中国)と西欧(ローマ)を結ぶ自然発生的な交易路で、この道を通じて、東からは主に絹や中国の文物が、西からは金や銀などの交易品が隊商によって運ばれた。交易が盛んになるにつれて、文化や宗教も伝わった。インドに発生した仏教は、主にはシルクロードを経由して、中国に伝わり、そして朝鮮半島を経て、日本に伝来した。
▶文化・文物の道であったシルクロードだが、一方では戦争の道でもあったことはあまり取り上げられない。しかし、古代から中世における中央アジア地域の東西に関わる戦争は、殆どすべてシルクロードが舞台となったのではないか。たとえばアレクサンダー大王の東方遠征はシルクロードを通じて行われたし、ペルシャ人やアラブ人の東方侵略もそうである。一方で、中国の漢や唐の将軍による西域遠征や、ジンギスカンのヨーロッパ侵略もシルクロードが舞台となった。近くは、タリバンによるアフガニスタン・バーミヤンの大仏破壊などもここで行われた。しかし、これらの戦争を通じて、さらに激しく文化・文物の交流とそれに起因した変化があったことを考えれば、シルクロードはやはり「文化が伝わった道」と言ってもいいのかも知れない。
▶NHK文化講座の「シルクロード物語」は4月以降も続く。「法顕伝」は一応終了し、次は中世の中央アジアに活躍し、いまや絶滅して幻の商人となってしまったと言われるソグド人に焦点をあてて、中村先生が講義してくださるというので、今から楽しみである。中村先生は、学者というよりジャーナリストをベースとした研究者なので、時々脱線される話も興味深い。例えば、シルクロードを通じて日本の飛鳥に流れ込んだ文物とソグド人との関係などにも、俗説も含めて大胆に言及してくれそうなので、コロナにもめげずに頑張って聴講しようと思っている。