マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

もうすぐお盆がやってくる





▶八月は、お盆の季節である。お盆と言うと、最近では首都圏に住む子供や孫たちが、地方に住む親たちのところに帰省して、久しぶりに一家団欒する行事のことだと思っている人が殆どである。現に、テレビを見ていると、コロナ感染をこれ以上拡大させないために、今年は帰省するのは止めましょう、というような「お盆=帰省」であると言った論調ばかりである。だから、お盆は宗教的な行事なのだと言っても、そのように感じる日本人は極めて少ないのではないか。無宗教国家ならではの現象である。

▶日本の場合、お盆は、盂蘭盆会(うらぼんえ)というインド由来の仏教行事に起源があるとされているが、仏教伝来以前から日本には冬と夏に先祖供養をする習慣があり、このうち冬の習俗が正月に、夏の習俗がお盆に変化していったのではないかとする見方もある。さらに言えば、そもそも東アジア一帯で、夏のこの時季に先祖の霊を慰める祭祀が広くとり行われており、それらは相互に関係しあっている(もしくは一方的な関係かもしれないが・・)から、何が本当の起源であるかは正直なところよく分からないというのが本当だろう。
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▶ちなみに、中国では旧暦7月を別名「鬼月」といって、道教では毎年7月1日に地獄の釜の蓋が開き15日にその蓋が閉じるとされており、その間に亡くなった霊がこの世に戻ってきてあふれかえるのだという。その最も多い15日(鬼月の中元の日)に亡くなった人の霊を慰めるのが道教の中元節で、これは日本のお盆と、その考え方も時期も殆ど同じである。蛇足になるが、日本の「お中元」はこの名残りだ。

▶一方、韓国では旧暦8月15日(新暦の9月下旬)に先祖を祀る行事があり、秋夕(チュソク)と呼ばれているが、こちらは中国とは1ヶ月の時差がある。秋夕の慣わしは、新羅時代に始まったとされ、その起源も必ずしも明らかではないが、韓国の人はこれを説明するときに、要するに「お盆」のことですよと言うからややこしい。かなり前に、私は韓国の知人の先祖の墓参りに同行した経験があり、墓参りが終わって近くの食堂で食事をしながら、その人から秋夕の行事のことを聞いた。親戚中が集まって墓参りをすることから、その準備やその他で、長男は大変だと言っていたことを思い出す。

▶江戸時代まで、日本のお盆は旧暦7月13日~16日に行われてきた。古くは斉明天皇3年(西暦657年)の7月15日に「盂蘭盆経」を講じて先祖供養をしたとの記録がある。その後、盂蘭盆供養は奈良・平安時代を通じて一貫して宮中行事に位置付けてこられたというから、少なくともその頃は、お盆は国家的な仏教行事であったことは間違いない。

▶明治初年に発せられた神仏分離令によって、廃仏毀釈の動きが活発となったが、お盆の習俗には変化はなかったようだ。しかし、明治6年から新暦太陽暦)が使われるようになると、お盆の時期には変化が起こった。東京を中心とした近在は、そのまま新暦7月15日を中日としてお盆の行事をするようになったが、農作業に忙しいそれ以外の地域は、7月にお盆行事をすることができず、一月遅れの8月13日~16日(所謂、旧盆)にお盆が行われることになった。そして、唯一沖縄だけは、旧暦7月13日~15日(令和3年は8月20日~22日)のままのお盆が残った。誰が決めた訳でもないのだろうが、不思議なことにこういった区分けになっているのが面白い。欧米でも一月遅れのクリスマスといったようなことがあるのだろうか。

▶私の父の実家は、群馬県前橋市赤城山の麓にあり、この地域は昔から養蚕が盛んであった。当時、父の実家の周辺では、お盆は8月23日~26日で、これを10日遅れのお盆と呼んでいた。8月15日頃は、夏蚕が繭を作る時期に当たっており、農家では猫の手も借りたいほどの忙しさであり、とても親戚が集まってお盆の行事をできるような状況ではなかったからである。従って、私の家では、自分のところのお盆は8月15日に済ませ、23日になると私は母に連れられて父の実家に泊まりに行った。当時の学校の夏休みは25日までであり、父の実家のお盆が、私にはいつも最後の夏休み行事だった。

▶父の実家は代々続く大きな農家であり、お盆になるとそこに親戚中の人が集まって飲み食いした。母も含めて、女性たちは食事の世話で大わらわとなり、それを片目に見ながら、祖父や父の兄弟などの男性たちは、昼間から楽しそうに酒を酌み交わした。子供だった私は、興味本位で酒宴の席の片隅に座って大人たちの話を聞いていたが、話題の中心は決まって戦争の話になり、いかに自分が戦争で酷い目にあってきたかを競う合うように話していたのを思い出す。それはそれで、いい時代だった。

▶あれから60年が経過した。最後に父の実家に行ったのは、いつのことだったろうか。大きかった古い農家は既に取り壊されていて、私が知っている人は、既に年老いた従兄夫婦を残すのみとなった。そしてこの地域の養蚕事業もなくなり、今ではお盆は8月15日に行われるようになった。

▶一昨年の8月は、妻と過ごした最後の夏だった。そして今年は、妻がなくなって2回目のお盆を迎える。最近は、やっと静かなな気持ちでお盆を迎えられるようになった。