マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

四国遍路日記(5ー9)

▶今朝は湯之谷温泉近くの石鎚山駅を7時19分の電車で2駅前の伊予小松駅まで戻り、昨日参拝できなかった63番吉祥寺と64番前神寺を参拝し、その後は国道11号線及びやや南側を平行して走る旧讃岐街道を新居浜市内までひたすら歩く行程だ。

f:id:Mitreya:20220829153311j:image
▶写真は63番吉祥寺の山門を影とともに撮影したもの。本堂が工事中で参拝できなかったが、納経所で色々話を聞いた。吉祥寺という名前は東京近辺に住んでいる人には馴染みがあるが、この寺は石鎚山修験道信仰に起源があり、古くは現在地より南の山沿いにあった。その山沿いには2mくらいの幅の讃岐街道が東西に通っていた。この街道は金比羅詣でにも使われたので、金比羅街道との別名もあるようだ。

▶住職によると、豊臣秀吉の四国征討の際に近辺の寺はあらかた焼かれてしまい、再建を図る段階で幾つかの寺は移転を余儀なくされ、吉祥寺もその一つとか。元の場所に残っているのは61番香園寺くらいだと今でも残念そうな顔つきだ。秀吉に焼かれた寺の話は徳島でも聞いたが、秀吉もプーチン並みに非道なことをしたものである。

▶64番前神寺は、今朝出発した湯之谷温泉の目と鼻の先にある。63番吉祥寺から小一時間歩くと、その前に石鎚神社にぶつかる。
f:id:Mitreya:20220829154019j:image

石鎚神社は西日本最高峰の石鎚山(1982m)を霊山として祀る石鎚山信仰の総本宮である。見るからに立派な構えの神社で、思わず立ち寄って参拝して行こうかと思ったが、先のこともあるのでそのまま通りすぎてしまった。後から考えるともったいなかった。

▶その石鎚神社のすぐ近くと言ってもいい所に64番前神寺が鎮座している。名前からして神様のそばにある寺だが、先にも述べたように、この地域は石鎚山信仰が先にあり、寺はそれに附随してできたのではないかと思われる。だいたい昔は神も仏も一緒で、例えば比叡山日枝神社を祀っているので、比叡山と名付けられたとどこかで聞いた覚えがある。それはさておき64番前神寺は想像以上に立派な寺だった。午前9時頃だが、寺のおばさんが一人で参道の掃除をしていた。
f:id:Mitreya:20220829155427j:image

▶その後は国道11号線と旧讃岐街道を新居浜方面に向かって歩き、午後2時半にナント予定のホテルに着いてしまった。こんなことなら石鎚神社に寄っておけば良かったと思ったが、後の祭り。ホテルは冷酷にも16時までは玄関を閉ざしている状態で、仕方ないので玄関前に陣取って、このブログを書くことにした。まあ、ホテルの部屋で書くか外で書くかの違いだけで、後は同じ。そうこうしているうちに16時になる。さて、ぼちぼちチェックインするか。
f:id:Mitreya:20220829165616j:image