マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

令和5年のパリ一人旅(7)

▶と言う訳で、これは前回の続き。ノートルダム大聖堂の復旧工事の状況を取材?した後、少し戻ってコンシェルジュリーに行く。ここはセーヌ川沿いに13世紀に建てられた王宮であるが、フランス革命時代には裁判所兼収容所として使われ、2600名余りが収用されていた。マリー・アントワネットもその一人で、彼女は1793年10月にここから断頭台に送られた。その時の状況を描いた絵画を、以下に載せておきます。
f:id:Mitreya:20230611030137j:image
コンシェルジュリーで買い物をしたので、荷物が多くなってしまった。結局ホテルに戻るまで持ち歩くことになった。そこからメトロでサンジェルマン・デプレに向かう。メトロを降りてすぐに向かったのはサンジェルマン・デプレ教会だが、ここはミサの最中で中に入れなかった。代わりに目の前にある有名なカフェ「レ・ドゥ・マゴー」に入る。

▶かつてサルトルボーヴォワールもこのカフェの上に住んでいたことがあり、ここは溜まり場だったようである。午前中だったが、私はカフェでなくビールを注文する。そこから今度はサン・シュルピス教会に行く。ここはとんでもなく大きな教会で、入り口右側にはドラクロワが描いたテンペル画があった。
f:id:Mitreya:20230611030043j:image

▶そこから歩いてリュクサンブール公園に行くが、書いているとキリがない。公園を出て次に向かったのは巨大なパンテオン

ここはフランスに貢献した人たちの墓地になっているが、地上階には有名なフーコの振り子があって、実際に地球の自転を確かめることができる。小学生の団体に向かって、スタッフが熱弁をふるっていたが、果たして理解できるだろうか?
f:id:Mitreya:20230611031046j:image
f:id:Mitreya:20230611031114j:image
パンテオンを出てすぐ隣の教会に入るが、この教会は内部構造がユニークだが、名前もサンテティエンヌ・デュ・シモンヌ教会と舌を噛みそうな名前である。この教会から次のクリニュー美術館に行く際に道に迷ってしまった。ここはパリでは珍しく古代ローマの遺跡のあとに建てられた美術館で、タペストリーなどの中世美術を展示しているが、私の興味はもっぱらローマの浴場遺跡の方である。パリは昔ローマだったのだ。
f:id:Mitreya:20230612202641j:image

▶夕食はルーブル近くのカフェでステーキを注文したが、こちら肉が固すぎて失敗。ホテルに戻ってから飲みなおしました。今日も結構歩き回ったが、残りの日数もあと1日で、明後日には帰路に着くことになる。