マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

民宿みっちゃん(四国遍路番外編)


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▶昨晩泊まった民宿は、至福(と涙)の宿だった。こういう出会いもあるのだから、フーテンの寅さんではないが、旅は素敵だ。

▶泊まったのは、「民宿みっちゃん」。高知県の池の浦漁港という、ひなびた漁港にあるひなびた宿だった。みっちゃんと呼ばれる話好きのおかみさんは、昭和15年生まれだというから、既に80歳を超えているが、この宿をほぼ一人で切り盛りしていた。

▶私が到着したのは午後2時過ぎで、通常のチェックインよりは早い時間帯だが、すぐに受け入れてくれた。聞けば今日の客は私一人だという。コロナが心配なので帽子をかぶりマスクをしていたので彼女の表情はわからないが、年格好は5年前に89歳で亡くなった私の母親が、まだ元気で故郷の前橋で一人暮らししている時に、そっくりだ。

▶すぐに風呂を焚いてくれて、今日の遍路で汗にまみれた衣類の洗濯をしてくれた。私は早い風呂に入って、いつものブログを書いたあと、疲れてフトンを押し入れから引っ張り出して横になっていたら、そのまま眠ってしまった。

▶「お客さん、夕食の用意ができました」という声に目が覚めて、階下の台所兼居間(決してキレイに片付いているわけではありません)に下りてゆくと、食卓には一揃いの膳が並んでいた。まずビールを注文して呑みながら、みっちゃんと話をする。

▶話を始めてすぐに気がついたが、この人の話は妙に筋が通っているというか、起承転結が明確というか、とにかく年齢を越えた頭の良さを感じるのだ。まるで、自分の亡くなった母親ようだというと、身内のことなので気が引けるが、とにかくそう感じる。おかみさんは、最近のニュースに敏感で、暗い話が多くてイヤだという。

▶テレビを見るのはNHKばかりで、好きな番組はニュースと国会中継だとのこと。ここら辺も非常に母に似ている 現下のコロナの状況も、極めて具体的に把握されていて、最近の高知県の感染者数の推移や、地域ごとのクラスターの発生状況など、具体的に数字を並べて言われたのには驚いてしまった。

▶話題は、自分が昭和30年代の末にこの漁港に嫁に来てから、昭和45年に台風で港が全壊した話や、嫁にくる前にこの港に押し寄せたチリ津波の話・・・これは姑さんから聞いた話だそうだが・・には、誠にリアリティーがあった。

▶チリ津波のときは、港の海水が一旦沖まで引いてしまい、津波襲来の対策で堤防の近くに生えていた松の大木に小さな漁船を繋いでおいていたところ、海水があまりに引いたので、枝に漁船がぶら下がってしまったとか。

▶また、海水が引いて漁港の底が見えるほどだったので、漁協の人々が男も女も総出で、潮干狩りに精を出して、それぞれがしょいかごに一杯になるほど貝を採ったとか。その後、港の偉い人の号令で全員が陸に引き上げたが、しばらく後に押し寄せた津波は、チョボチョボだったとか。

▶家庭料理だという食事は美味しく、話は興味深く、私はビールの他に日本酒も呑んでしまった。まるで亡くなった母親がそこにいて、一緒に話をしているのではないかと、思うほどだった。

▶食事が終わって部屋に引き上げる際にも、エアコンのことやトイレの電気のことなど、母親のような気の使い方で恐れいった。頼んでいた洗濯物は、部屋干し(通常の遍路宿はガス乾燥機です)で、下から温風機を吹き付けていたので、既に乾いていたものを取り込んで畳んでくれた。こちらの方が、乾燥機より経済的に合理性があるとか。まるで、元気だった母親なら、きっと同じように言い、そして私のためにそうしてくれたかのように。

▶洗濯物を持って二階に引き上げた私は、優しかった母のことを思い出して、不覚にも涙がこぼれそうになった。

旅には、こういう出会いもあっていい。