マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

増加する熊被害の背後にあるもの


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▶最近よく耳にするのが、人が熊に襲われる被害である。登山者や山にキノコ採りに出かけた人が熊に遭遇して、突然噛みつかれたといった話は昔からあったが、最近は被害にあう場所が、人里や住宅地にまで拡大してきているというから異様である。このように熊が日常的に出没するようになっている地域は東北地方を中心に増加しており、そういった地域では、朝夕のお年寄りの散歩や、子どもたちの登下校にも支障が出ているようなので、住民にとっては大変迷惑な事態である。

▶本年10月23日までの熊による人身被害数は、全国で既に163人にのぼり、昨年の75人から倍増している。秋田では53人、岩手では39人も被害者が出ている状況は、ある意味「熊被害非常事態宣言」でも出さないといけないのではないかと思わせる程だ。ところが、熊の駆除に断固とした措置を取ろうとした秋田県に対し、熊が可哀そうだとか熊は保護するべきだという趣旨の抗議電話が殺到し、県庁の対策課では応対に忙殺されて仕事に支障が出ているというから、世の中どこか狂っている。

▶朝のワイドショーなども、この問題を頻繁に取り上げているが、先日のTBSのサンデーモーニングで、司会の関口宏から話題を振られた田中優子(法政大学名誉教授、同大元総長)が、熊が人里に出没するのはエサが少ないからで、この対策のためには、人里と里山の境に熊のエサとなるような木を植えて、熊が人里まで降りてこなくても良いようにするべきだと発言したのには、呆れるあまり開いた口がふさがらなかった。

▶熊が人里や住宅地に頻繁に出没するようになったのは、山にエサが少ないからだというのは確かにその通りかも知れぬが、そもそもの前提として、熊の頭数が大幅に増え、棲息域が拡大しているという実態があるのではないか。一体熊はどのくらい棲息しているのかと言うと、一説には北海道のヒグマが2000~3000頭、本州以南のツキノワグマが8000~13000頭くらいかとも言われているが、どこを調べても本当のところはよく分からない。と言うか、諸般の状況を見る限り、実際の個体数はこれよりはるかに多い可能性がある。

▶例えば、熊の捕獲・殺処分数は毎年3000頭以上にのぼっているが、もし推定棲息数が正しいとすると、既に絶滅していてもおかしくないレベルとなるが、世の中の実感としてはこれと反対だ。伊豆半島ツキノワグマは、100年前に絶滅したと言われていたが、最近頻繁に目撃されるようになった。従来少なかった西日本での熊の目撃例も増加している。こういった事例は、熊の個体数が増えていることを強く示唆している。

▶問題は、熊以外の野生動物でも顕著である。環境省によると、ここ30年間に二ホンジカの棲息数は激増している。1989年の推定棲息数は30万頭だったが、2021年の推定では222万頭(中央値。192万頭~265万頭)だ。イノシシも、直近では減少傾向にあるが、それでも推定中央値で72万頭におよんでいる。数十年前との比較では、主要な野生動物の個体数は明らかに増加している。増えた原因は何かといえば、相対的にエサが潤沢にあったことと、捕獲数が減っているからだ。

▶この結果、野生動物による農作物被害は、年によっては200億円を超えることもあり、森林被害は毎年5000ヘクタールを数える。静岡県富士市では、新たなヒノキの植林が、シカによる食害で全滅に近い状態まで追い込まれた。数年前の私の実際の経験だが、夏に咲く尾瀬ヶ原ニッコウキスゲが、シカによって食い散らかされてしまい、最盛期にも関わらず、ほとんど見られないこともあった。

環境省農林水産省、各地方自治体も、この現実に手を拱いている訳ではないのだろうが、対策の進みは遅い。なにせ、雌のシカは毎年1頭づつ、イノシシは毎年4~5頭づつ数年に亘って生み続ける一方、野生動物の捕獲の主体となる狩猟者数は、直近ではプラスになっているが、かつて50万人以上いたのが現在は19万人に減少しており、しかも高齢化で活動レベルは年々落ちてきている。

▶それに拍車をかけているのが、年々の暖冬少雪で、野生生物の越冬が容易になっていることや、人里周辺の耕作放棄地が継続的に増加し、野生生物の棲息領域を広げていることである。シカやイノシシにあてはまることは、熊にもあてはまる。要するに、この問題は今年に限った一過性の問題ではなく、極めて構造的な問題なのだ。シカやイノシシによる農産物や林業被害の延長上に、熊による人身被害の拡大がある。

▶特定野生生物の個体数が増えるのは、天敵が殆どいない中で、それに見合った棲息領域とエサの供給が長期にわたって保証されてきた結果だ。したがって、テレビのコメンテーターが言うような、奥山のドングリが今年は不作だから熊が人里に降りてきたとするもっともらしい説明は、極めて近視眼的な理解だろう。いわんや、熊のために山にエサとなる木を植えましょうなどと言う人には、アホらしくて怒る気もおきない。

▶昔はマタギと称する山猟師が、熊やイノシシを探して奥山まで出かけて行った。熊やイノシシは、人を恐れ、めったに人里に現れるようなことはなかった。ところが現代では、熊やイノシシやシカが頻繁に住宅街まで現れ、人を恐れることがない。熊が出るようなという表現は、奥山の形容詞だったはずだが、最近は札幌市内にも熊が現れるし、先般はイノシシが住宅の居間に上がり込んで大暴れするといった椿事も起こっている。

▶熊に限らず、野生動物増加の対策は待ったなしである。動物愛護も結構だが、メディアも評論家も、もう少し起きている現実を直視して、中身のある報道をして欲しいと切に思う。同時に、この問題に対する政府の本腰を入れた対策を強く期待する。