マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

安倍晋三が撃たれた日


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参議院選挙の投票日を二日後に控えたその日は、私にとってNHK文化講座「シルクロード」の最終聴講日にあたる日だった。2年前に始めたシルクロード講座だが、私はこの日をもって聴講を止めることにしていた。一つには、昨年から始めた四国遍路の日程を組むにあたって、毎月第三金曜日のシルクロード講座の聴講がいささか障害になり始めたという事情があったからだが、何より講座内容が私にとって既知のことが多く、それなら自分で好きなように本でも読んでいた方がいいのではないかと思い始めたことの方が大きい。

▶正午過ぎに家を出る予定で軽い昼食を取りながらテレビを見ていたら、衝撃のニュースが飛び込んできた。安倍元首相が奈良県参議院選挙の応援先で何者かに銃撃され、現在心肺停止の状態で病院に搬送中とのこと。日本中が驚きのあまり凍りついた瞬間だった。要人テロなど殆どないと思われていた日本において、こんな事件がいとも簡単に起きてしまうとは、一体どういうことだろう。家を出る時刻が迫ってきたが、ニュースの衝撃が大きくて、身体が動かない。

▶それでも、2年間お世話になった講師の先生にも、一言ご挨拶をしておこうという気持ちが強かったので、テレビを消してやっとのことで家を出て最寄りの駅に向かった。千葉駅に到着したのは12時半を回っていたが、多くの人々がこのニュースを知ってか知らずか、何事もなかったように歩いている。教室に入って間もなく講師の先生が到着された。その先生が開口一番、「安倍さんが撃たれたようですね・・・」と言うと、講座に参加されている皆さんが騒然となった。

▶心肺停止の状態で奈良県立医科大学付属病院に運び込まれた元首相は、午後5時過ぎに亡くなられた。異変を聞いて駆けつけた夫人の昭恵さんは、5時前には病院に入られたようだが、残念ながら夫の死亡を確認する以上のことは、何一つできなかったのではないだろうか。

▶その晩から、テレビは安倍元首相死去の報道で埋め尽くされた感がある。安倍一強と言われ、日本の憲政史上最長の3188日も首相を務めた政治家だったので、その銃撃による死去に対する衝撃は、国内のみならず世界中に大きく広がった。翌々日の参議院選は、自民党が圧勝した。事件発生前から、自民党の優勢は明らかだったようだが、安倍の死去が何らかの影響を及ぼしたことは、おそらく間違いない。

安倍晋三を撃った犯人は、山上徹也という41歳の海上自衛隊あがりの男だが、犯行の動機は、安倍の政治信条に対するものではなく、ある特定の宗教団体に深い恨みがあり、この団体と安倍が繋がっていると思い込んだ上での犯行との報道がなされている。言ってみれば、見当違いの逆恨みによる犯行だったのではないかとのニュアンスだが、時間が経過するにつれて、色々な事実が次々と浮かび上がってきた。ことはそう簡単ではなさそうだ。

▶山上が深い恨みを抱いたある特定の宗教団体とは、昭和29年に韓国人の文鮮明が創始した統一教会(現在は「世界平和統一家庭連合」に名称変更)のことである。それにしても統一教会という名前を聞いて、まだこのような宗教団体が残って活動していたのかと驚く人が多いのではないか。なぜなら、統一教会は、かつて集団結婚式や霊感商法で日本中に悪名をはせた宗教団体であるからだ。

▶山上の母親は、この統一教会に総額1億円以上の献金を行い、財産を全て費消しつくして2002年に自己破産したと報道されている。山上はそれ以降統一教会を深く恨み、韓国人教祖の暗殺を狙っていたが、機会を得ることができず、その後殺害の目標を安倍元首相に切り替えたと言われている。安倍は、昨年9月に、統一教会系の平和団体の集会にビデオメッセージを寄せて、現在の教祖である韓鶴子文鮮明の妻)を賞賛した。

保守系政党と宗教団体の場合、選挙運動や信者獲得の局面において、お互いに相手を利用するという持ちつ持たれつの関係にあることが多い。自民党統一教会の関係は、岸信介元首相と文鮮明教祖の関係に始まると言われているが、岸は当時の統一教会の反共的立場をうまく選挙利用し、文鮮明は、統一教会の日本における布教活動に岸を利用した。当時は朝鮮戦争が終わってから10年と経っておらず、安保反対の大渦の中で辞任せざるを得なかった岸にすれば、反共の立場から朝鮮統一を目指す統一教会には、十分利用価値があったのだろう。

▶岸の孫である安倍晋三と現在の統一教会が、どういう関係にあるのかは知らない。分かっているのは、先の参議院選挙でも自民党統一教会との関係は続いていたということであり、統一教会霊感商法やマインドコントロールの問題を追及している弁護士からは、自民党に対して統一教会と関係を持つのは控えて欲しいとの要求が再三にわたって出されていたということである。

安倍晋三は、プーチンやトランプといったクセの強い政治家の扱いが上手かった。また2015年には批判勢力からは憲法違反だと言われながら、集団的自衛権を含む平和安全法制を成立させたが、その後の国際情勢の急変を見れば、必要な法整備であったのは疑いがない。その意味で、彼を銃撃で失ったことは自民党のみならず日本にとっても大きな損失であるとの指摘は、その通りかも知れない。

▶ただ、一貫して強気を通した安倍には、ある種の危うさがあった。モリカケ問題にせよ桜を見る会にせよ、事の本質は野党が騒ぐ程ではないと思うが、「忖度」というような古風な言葉が流行ったように、安倍一強の副作用が意外なところに出ていることを国民に広く認識させた。

▶安倍が、なぜ統一教会と関わりを持ち続けたのかは分からない。メディアが大騒ぎをしているので、いずれ皆が知ることになるだろう。私は安倍と(そして統一教会とも)同じ昭和29年の午年生まれなので、安倍と同じ時代の空気を吸ってきた分だけ、安倍には親近感を抱いてきたが、彼の強気の裏に隠れているある種の危うさを終始感じていた。しかしまさか、それが最後になってこれほど致命的な状況を引き起こすことになるとは、思いもしなかった。それにしても、惜しい政治家を失ったものである。