マイトレーヤの部屋から

徒然なるままに、気楽な「男おひとりさま」の日常を綴っています。

令和元年の師走に京都から奈良へ・・京都編・・

▶既に書いているが、令和元年は私にとって痛恨の年だった。9月に最愛の妻を亡くした私は、途切れることなく襲ってくる悲嘆の中で、突然にしてからっぽになってしまった自分のこれからの生活を、何をもって埋め、どう立て直していったらいいものかと、必死になって考えていた。考えてはいたのだが、それが本当に形あるものになっていくのかどうか、仮にそうだとしても、それには一体どのくらい時間が必要なのかは見当もつかず、一人途方に暮れていた。

▶12月の初め、それまで勤めていた会社の用事が大阪であった。大阪にいると多少なりとも妻のことが頭から離れるが、用事が済めば帰らなければならない。しかし、どうせ誰も待っている者がいない自宅なのだから、すぐに帰ることもないではないかと思いなおし、日程を延ばして関西のどこかで今年最後の紅葉でも見てから帰ることにした。候補は京都と奈良である。

▶京都はこれまで何度となく行っている。この時期、紅葉にはもう遅いのではないかと思ったが、それでも嵯峨野にでも行ってみようと思い、朝早く大阪のホテルを出て、京都駅でJR嵯峨野線に乗り換えて嵯峨嵐山で降りた。まずは何度目かの天龍寺に行く。朝早くだったにもかかわらず、既に寺には観光客がいて、特に英語で説明を受ける西洋人らしい家族連れが目についたが、これは世界遺産の影響か。境内の紅葉はもう終わりに近いが、嵐山を借景に夢想疎石が作ったといわれる庭園は、相変わらず美しかった。

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▶庭園を出て嵯峨野の竹林を歩く。しかしなんと中国人観光客が多いことだろう。若いカップルが、混雑する道の真ん中で平気で写真を撮っているのを見ながら歩く。途中、落柿舎に立ち寄ったあと目当ての二尊院に行った。ここまでくると不思議と人の数が減って静かになった。

▶最後に二尊院に行ったのはいつだったろうか。妻も私も若かったから、少なくとも10年以上は前になるだろう。確かその時、二人で秋の日に映える紅葉の下で写真を撮ったはずだが、あの時の紅葉の木はどれだろうかと探す。紅葉の木を見ればそこに妻の面影も残っているかも知れない・・・。確かにそれらしい木を見つけたが、紅葉は既に終わっていた。足下には、掃き集められた枯れ葉の山が参道のあちこちに積もっていて、懐かしい妻の面影はもうそこにはなかった。   

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二尊院を出てすぐの茶店でお茶と団子を食べた。あいかわらず観光客はまばらで、茶店の人に聞けば、数日前の紅葉の盛りには沢山の観光客が押し寄せたとのこと。今度はいい時に来てくださいと言っていた。昼前に京都駅まで戻って、JR奈良線の発車時刻を調べてから駅近くの寿司屋(と言っても回転ですが)で昼飯にした。

▶奈良編に続く・・・